戸塚担を降りたつもりはなかった。
「今の自担は誰か?」と誰かに訊かれてたら、間違いなくぱちの名前をあげてただろうけど。
推しの存在は信仰で、推しの生きる姿は自分の鏡だと思っている。
だから推しが目標に向かって走ろうとするなら、こちらも走ろうと思うし、推しが落ち込んですべてをあきらめているなら、こちらも頑張れないなと思う。
シンメである郁ちゃんが脱退を決めてから、4人体制がはじまったこの数年、戸塚さんはずっと喪中だった。
かのバレした秋からか、ジャニーさんが亡くなった春からか。奇行子なんて呼ばれてたジュニア時代に輪をかけて、「それでほんとに売れたいって言ってます?」って該当のオタクが毎度頭を抱えるくらい、“オレは自分を曲げない” みたいなとがったふるまいを、戸塚さんは永遠に続けてきた。周りから求められる戸塚祥太像から自分の心を守るみたいに、戸塚さんは常に何かと戦っていた。
コロナ禍の春、シンメの郁ちゃんがものまねグランプリをきっかけに、テレビに引っ張りだこになった。前年の夏ツアーは幕張メッセで2デイズを成功させ、デビュー以降一番、ここがグループとして頑張り時という風が吹いていた。
でも戸塚さんは変われなかったし、変わろうとしなかった。メンバー5人で手を取り合わなきゃいけない場面で、ビジュアルやパフォーマンスを世間ウケに寄せられなかった。いつも一緒にいる橋本担の友だちに「自担がごめんね」って言って、興味を持ってくれる周りの知り合いには「やれば誰より輝けるんです」って言いながらCDを渡した。今日も自担がステージで何をしでかさないかとどきどきして、この人がグループの足を引っ張ってるなと、そのたびに胃を痛めていた。
郁ちゃんの脱退の報を聴いて、「最後の1人になってもA.B.C-Zを続ける」って言ってたじゃんと思った。だけどジュニア時代から20年同じグループで連れ添ったシンメがこれじゃ、そりゃこのグループでもっと上にって思えない。むしろ、グループで、アイドルとして売れるという夢を絶たせてごめんねと思った。
郁ちゃんが脱退してからこの2年、戸塚さんは病的なまでに郁ちゃんの幻影を追ってきた。痛いくらいの自担を見ながら、でも後悔先に立たずってこのことだし、ぜんぶ戸塚さんが悪いんだよ~と思っていた。
だから郁ちゃんが脱退して、A.B.C-Zが実質活動休止状態だった24年春、 “花咲く旬な予感” を感じさせるパンダドラゴンを好きになったのは、どこか必然だったのかもしれない。えび担として鍛えた持ち前のフットワークの軽さで、新規ながらにどこにでも馳せ参じ、あっという間に今のぱち推しの自分が仕上がっていた。
推しの存在は信仰で、推しの生きる姿は自分の鏡だと思っている。
ぱちさんのいつでも前を向き続けるところ、目標に向かって逆算して行動できるところ、謙虚に大胆に行動できるところ。同世代を生きるオタクとして光だなと思う。
戸塚担を降りたつもりはなかった。
この2年、モチベがないなりにツアーも個人仕事も、各現場1回ずつくらいは会場に足を運んだ。ビジュアルもパフォーマンスも仕上げて、ステージに立った時の戸塚祥太が誰より輝けるのを知ってたから。こんな道半ばじゃあきらめられなかった。
BACK BEAT初演 かのバレで荒れた秋を超えた、ご褒美のような春だった。ステージ上のスチュと同じように、ことあるごとに「Be Bop A Lula、それがすべて」って唱えて、戸塚さんはあらゆるしがらみや、ジャニーさんの死への悲しみを解き放っているみたいだった。戸塚祥太が戸塚祥太のまま生きられて、愛されて、輝ける、スチュワート・サトクリフという役が好きで、BACK BEATは特別だった。
初演にあまりにも思い入れがありすぎて、ヒロインのキャストチェンジを経ての再演は、自分の大切にしてきたBACK BEATを傷つけないように、慎重に数公演だけ観た。
この春、BACK BEATはオリジナルキャストでのFINALとして、再々演された。今の私がどんなに戸塚さんへのモチベがなかろうと、戸塚担としての私にとってBACK BEATが特別なのは変わらない。さすがに行くかあ…と重い腰を上げた時、BACK BEATがFINALを迎えるなら、自分の戸塚担人生もここらで終止符を打っても良いのかも、とふと思った。
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— あり (@a20120201) 2026年5月16日
あたり前に知りすぎてる構成、演出、展開。演者が発するより先に、台詞が口をついて出る。先の展開を想って、泣く必要のない明るい場面で涙がこみ上げた。
久しぶりに現場で戸塚さんを見て、こういう戸塚さんだから好きだったし、こういう戸塚さんだから嫌いだったなって実感して、私って戸塚担だったんだよなあとしみじみした。
BACK BEATの個人的ラストの翌週、私は5月末のめせぱら大阪遠征をしていた。BACK BEATや戸塚さんで感傷に浸ってる暇はない。今の推しは、今、目の前で光っている。
今週、戸塚さんの40歳の節目のソロライブに行った。野崎さん以外にも40歳の節目で大聖誕祭を開くアイドルがこんな身近にいることに、思わずにっこりした。えび現場はだいたい橋本担の友だちと連番してるのに、この日はお子ちゃまの発熱で急きょ1人で参戦することになった。
ライブグッズの真っ赤なTシャツやラベンダー色のあれそれを身につけたオタクの波の中で、私はパンダドラゴンのビーズストラップを握りしめた。自担の現場なのに全然わくわくしてなくて、こんな気持ちならめせぱらの別の現場で半休使った方が良かったかもと思った。
📍Zepp Diver City
開演1時間前の入場。1番前のブロックに押し込まれて、さながら気合の入った戸塚担みたいだった。ここからの数時間で自分がどんな感情になるか未知で、開演までの数十分、あいぽぷともあふらの撮可をひたすら見て過ごした。知ってたけど、今の私にとってめせぱらってお守りなんだなと思って、早くぱちとノクソさんに会いたくなった。
登場して、スタンドマイクを抱えて、フロアの前方下手を見て静止。バッチリ目が合って、心の中で笑った。今の私って戸塚さんと目が合っても、1㎜も微動だにしないんだとおかしかった。不自然なまでに長時間のアイコンタクトから(戸塚通常営業)、40END東京2日目ははじまった。
公演前半、いつもの調子の戸塚さんに、この人40歳まで純度の高いモラトリアムを続けられて、ほんとにすごいなと思った。トキメキイマジネーション、ドラマ、V、星が光っていると思っていた。戸塚さんのことを知りたくて、詞のひとつひとつにどんな意味があるのか、目を凝らして現場にいた時期を思い出して、懐かしくなった。
セトリを見てたはずなのに、仮面舞踏会をやるのを知らなくて、イントロが流れた瞬間、(ヤバい、この1年の聖誕祭でとつクソぱちの仮面舞踏会コンプリートしてるんやが??)と1人、笑いがとまらなかった。戸塚祥太って出力するすべてが戸塚味になっちゃうから、純血なのに誰よりクセが強くて愉快だった。
If you don’t know break up you don’t know love、郁ちゃんへのど直球なラブレター。5人体制最後のえび座も、郁ちゃんが脱退してからのソロも、見るからに身を削られてる戸塚さんを見るのが痛くて、ずっと薄目でパフォーマンスを見てきた。今回この曲が撮可で、否応なしに戸塚さんの姿を目で追わざるを得なかった。
「月に行きたいって言ったのは嘘じゃない」そうか、私が(自担、グループの足引っ張ってるな)と思った数多の行動も、本人の中では月に行くための正攻法だったのか。だとて、グループで活動してる以上、メンバー内で合意をとって、足並みをそろえる必要はあったんだけど。
Dolphin、君といた、星が光っていると思っていた。おそらく戸塚担ばかりであろう客席を、戸塚さんはいつからこんなに優しい目で見られるようになったんだろう。私の知ってる戸塚さんって、自分のうちわを持ってるオタクや、見るからに「戸塚担です」の装いをしてるオタクを、客席降りの時にわかりやすく干す人だったはず。
戸塚担は戸塚さんの1番の味方のつもりだけど、戸塚さんにとったら戸塚担って1番の脅威なんだろうなとずっと思ってた。『星が光っていると思っていた』がリリースされた時も、どの口が言ってるの?と思って、歌詞もブログの言葉もぜんぶ上滑って見えていた。だから「星が光っていると思っていた」と、ほんとに思ってるみたいな顔で客席を見る戸塚さんに驚いて、心の成長に目を細めた。
アンコールで台風ジェネレーション。「さよならじゃないよね、また会えるから」たぶん戸塚さんは、郁ちゃんの幻影を成仏させるみたいな心持ちで、台詞を発していた。
対する私は、今日この現場を担降りの区切りにしようと思っていて。「さよならじゃないよね、また会えるから」本編で自分が想いを寄せていたこの10年を嫌というほど思い出したからこそ、ああここで終わるんだなと、はじまる前あんなにモチベがなかったくせに、センチメンタルな気持ちになった。
この10年で200公演、戸塚さんの出演するステージを観た。戸塚さんって隠せない人だから、幕が開いて顔を上げた瞬間に、だいたい今日のコンディションをはかれた。その日つけてるアクセサリーの数で(ああ今日は調子が悪いのね)と察したり、いつもの数割増しの笑顔の日はほぼ読みを外すことなく親友の誰かが見に来てた。“目を閉じたままでも君の声から どんな顔か手に取るように 分かるから不思議” じゃないけど、特典会をして実際に話してるわけじゃないのに、顔を見たらだいたいのことが汲めた。“僕の心は君の形をしているから” という表現は言い得て妙で、寄り添わせようとした気持ちの数だけ、自担の心が、もはや自分のものみたいだった。
だから、台風ジェネレーションで、入所したてのジュニアみたいに晴れた顔をして踊る戸塚さんを見て、思わず涙が出た。心ここにあらずの顔とか、キマりきってしまってる顔でステージに立って来た200公演を知ってるから。こんな憑き物が落ちたみたいな純粋な顔で、楽しそうにそこにいるのを見て、自分のことのように嬉しかった。
自身が作詞したソロ曲『V』で「華やかなステージの上 華やかじゃない位置についた」と歌う戸塚さんに、その場所は “華やかな位置” だと自信を持ってもらいたくて、私の戸塚担人生はあったようなものだった。
『頑張れ、友よ!』はいつだって、戸塚さんの作るセトリのパンチラインだった。これまで色んな想いをひっくるめて、戸塚さん自身を鼓舞するみたいに歌って来たそれを、この日はただただ未来を見てるみたいな顔で歌っていた。「君への歌が、俺の力に」と、ほんとに思われてるみたいに歌詞が届いて、戸塚さんの顔を見上げて、また涙が出た。
今の戸塚さんにとって、この場所に立って、戸塚担のために歌うことが、戸塚さん自身の力になってるのかもしれない。はじめてちゃんと、戸塚さんを応援する対象として肯定された気がした。
漠然とこの日を担降りの区切りにしようと思って来たけど、自身が立つその場所に、10年前よりずっと自信を持ててそうな戸塚さんの姿を見られて、私の戸塚担としての魂が成仏できる気がした。「頑張れ、俺よ!君への歌が、俺の力に」は、「君をサポートしたい」と戸塚さんを見つめて来たかつての私への、何よりのはなむけだった。
戸塚担になってから10年。気づいたら、あの時の戸塚さんの年齢に、自分も追い着いてしまった。自分がこの歳になって、10年経ったって変わらない思考の担降りブログを書いているのを見るに、あの時の戸塚さんだってまだまだ全然大人じゃなかったんだな~と今ならわかる。
推しの存在は信仰で、推しの生きる姿は自分の鏡だと思っている。
10代~20代前半の私にとっては、大人になりきれなくてもがく戸塚さんが何よりの救いで、光だった。戸塚さんのサポーターズになりたかったから就職できたし、一緒に夢を追いかけたかったから、ここまで走れたと本気で思ってる。
区切りのこの公演で明るい笑顔の戸塚さんを見れて、私も戸塚さんも、もう大丈夫だなと思えた。かつての私の神さまは、私の進む方向とは違う未来を照らして、これからまた走り出す。
戸塚さんのことを考えて、走って、もがいて、笑った日々を、これからもずっと忘れたくないな。大好きだった人よ、どうかこれからもずっと笑って、幸せでいてほしい。






特典会って楽しいけど、特典会って疲れるなあと身を持って実感した2日間だった。みゆちゃんぬ家泊、次回はもっと万全の状態でリベンジしたい。































