📝:その度に、君が光で

 

 

戸塚担を降りたつもりはなかった。

「今の自担は誰か?」と誰かに訊かれてたら、間違いなくぱちの名前をあげてただろうけど。

 

 

推しの存在は信仰で、推しの生きる姿は自分の鏡だと思っている。

だから推しが目標に向かって走ろうとするなら、こちらも走ろうと思うし、推しが落ち込んですべてをあきらめているなら、こちらも頑張れないなと思う。

 

シンメである郁ちゃんが脱退を決めてから、4人体制がはじまったこの数年、戸塚さんはずっと喪中だった。

かのバレした秋からか、ジャニーさんが亡くなった春からか。奇行子なんて呼ばれてたジュニア時代に輪をかけて、「それでほんとに売れたいって言ってます?」って該当のオタクが毎度頭を抱えるくらい、“オレは自分を曲げない” みたいなとがったふるまいを、戸塚さんは永遠に続けてきた。周りから求められる戸塚祥太像から自分の心を守るみたいに、戸塚さんは常に何かと戦っていた。

 

コロナ禍の春、シンメの郁ちゃんがものまねグランプリをきっかけに、テレビに引っ張りだこになった。前年の夏ツアーは幕張メッセで2デイズを成功させ、デビュー以降一番、ここがグループとして頑張り時という風が吹いていた。

でも戸塚さんは変われなかったし、変わろうとしなかった。メンバー5人で手を取り合わなきゃいけない場面で、ビジュアルやパフォーマンスを世間ウケに寄せられなかった。いつも一緒にいる橋本担の友だちに「自担がごめんね」って言って、興味を持ってくれる周りの知り合いには「やれば誰より輝けるんです」って言いながらCDを渡した。今日も自担がステージで何をしでかさないかとどきどきして、この人がグループの足を引っ張ってるなと、そのたびに胃を痛めていた。

 

郁ちゃんの脱退の報を聴いて、「最後の1人になってもA.B.C-Zを続ける」って言ってたじゃんと思った。だけどジュニア時代から20年同じグループで連れ添ったシンメがこれじゃ、そりゃこのグループでもっと上にって思えない。むしろ、グループで、アイドルとして売れるという夢を絶たせてごめんねと思った。

郁ちゃんが脱退してからこの2年、戸塚さんは病的なまでに郁ちゃんの幻影を追ってきた。痛いくらいの自担を見ながら、でも後悔先に立たずってこのことだし、ぜんぶ戸塚さんが悪いんだよ~と思っていた。

 

 

だから郁ちゃんが脱退して、A.B.C-Zが実質活動休止状態だった24年春、 “花咲く旬な予感” を感じさせるパンダドラゴンを好きになったのは、どこか必然だったのかもしれない。えび担として鍛えた持ち前のフットワークの軽さで、新規ながらにどこにでも馳せ参じ、あっという間に今のぱち推しの自分が仕上がっていた。

 

 

推しの存在は信仰で、推しの生きる姿は自分の鏡だと思っている。

ぱちさんのいつでも前を向き続けるところ、目標に向かって逆算して行動できるところ、謙虚に大胆に行動できるところ。同世代を生きるオタクとして光だなと思う。

 

 

戸塚担を降りたつもりはなかった。

この2年、モチベがないなりにツアーも個人仕事も、各現場1回ずつくらいは会場に足を運んだ。ビジュアルもパフォーマンスも仕上げて、ステージに立った時の戸塚祥太が誰より輝けるのを知ってたから。こんな道半ばじゃあきらめられなかった。

 

 

BACK BEAT初演 かのバレで荒れた秋を超えた、ご褒美のような春だった。ステージ上のスチュと同じように、ことあるごとに「Be Bop A Lula、それがすべて」って唱えて、戸塚さんはあらゆるしがらみや、ジャニーさんの死への悲しみを解き放っているみたいだった。戸塚祥太が戸塚祥太のまま生きられて、愛されて、輝ける、スチュワート・サトクリフという役が好きで、BACK BEATは特別だった。

初演にあまりにも思い入れがありすぎて、ヒロインのキャストチェンジを経ての再演は、自分の大切にしてきたBACK BEATを傷つけないように、慎重に数公演だけ観た。

 

この春、BACK BEATはオリジナルキャストでのFINALとして、再々演された。今の私がどんなに戸塚さんへのモチベがなかろうと、戸塚担としての私にとってBACK BEATが特別なのは変わらない。さすがに行くかあ…と重い腰を上げた時、BACK BEATがFINALを迎えるなら、自分の戸塚担人生もここらで終止符を打っても良いのかも、とふと思った。

あたり前に知りすぎてる構成、演出、展開。演者が発するより先に、台詞が口をついて出る。先の展開を想って、泣く必要のない明るい場面で涙がこみ上げた。

久しぶりに現場で戸塚さんを見て、こういう戸塚さんだから好きだったし、こういう戸塚さんだから嫌いだったなって実感して、私って戸塚担だったんだよなあとしみじみした。

 

BACK BEATの個人的ラストの翌週、私は5月末のめせぱら大阪遠征をしていた。BACK BEATや戸塚さんで感傷に浸ってる暇はない。今の推しは、今、目の前で光っている。

 

 

今週、戸塚さんの40歳の節目のソロライブに行った。野崎さん以外にも40歳の節目で大聖誕祭を開くアイドルがこんな身近にいることに、思わずにっこりした。えび現場はだいたい橋本担の友だちと連番してるのに、この日はお子ちゃまの発熱で急きょ1人で参戦することになった。

ライブグッズの真っ赤なTシャツやラベンダー色のあれそれを身につけたオタクの波の中で、私はパンダドラゴンのビーズストラップを握りしめた。自担の現場なのに全然わくわくしてなくて、こんな気持ちならめせぱらの別の現場で半休使った方が良かったかもと思った。

 

📍Zepp Diver Cityf:id:sgnari:20260619213319j:image

開演1時間前の入場。1番前のブロックに押し込まれて、さながら気合の入った戸塚担みたいだった。ここからの数時間で自分がどんな感情になるか未知で、開演までの数十分、あいぽぷともあふらの撮可をひたすら見て過ごした。知ってたけど、今の私にとってめせぱらってお守りなんだなと思って、早くぱちとノクソさんに会いたくなった。

登場して、スタンドマイクを抱えて、フロアの前方下手を見て静止。バッチリ目が合って、心の中で笑った。今の私って戸塚さんと目が合っても、1㎜も微動だにしないんだとおかしかった。不自然なまでに長時間のアイコンタクトから(戸塚通常営業)、40END東京2日目ははじまった。

 

公演前半、いつもの調子の戸塚さんに、この人40歳まで純度の高いモラトリアムを続けられて、ほんとにすごいなと思った。トキメキイマジネーション、ドラマ、V、星が光っていると思っていた。戸塚さんのことを知りたくて、詞のひとつひとつにどんな意味があるのか、目を凝らして現場にいた時期を思い出して、懐かしくなった。

セトリを見てたはずなのに、仮面舞踏会をやるのを知らなくて、イントロが流れた瞬間、(ヤバい、この1年の聖誕祭でとつクソぱちの仮面舞踏会コンプリートしてるんやが??)と1人、笑いがとまらなかった。戸塚祥太って出力するすべてが戸塚味になっちゃうから、純血なのに誰よりクセが強くて愉快だった。

 

If you don’t know break up you don’t know love、郁ちゃんへのど直球なラブレター。5人体制最後のえび座も、郁ちゃんが脱退してからのソロも、見るからに身を削られてる戸塚さんを見るのが痛くて、ずっと薄目でパフォーマンスを見てきた。今回この曲が撮可で、否応なしに戸塚さんの姿を目で追わざるを得なかった。

「月に行きたいって言ったのは嘘じゃない」そうか、私が(自担、グループの足引っ張ってるな)と思った数多の行動も、本人の中では月に行くための正攻法だったのか。だとて、グループで活動してる以上、メンバー内で合意をとって、足並みをそろえる必要はあったんだけど。

 

Dolphin、君といた、星が光っていると思っていた。おそらく戸塚担ばかりであろう客席を、戸塚さんはいつからこんなに優しい目で見られるようになったんだろう。私の知ってる戸塚さんって、自分のうちわを持ってるオタクや、見るからに「戸塚担です」の装いをしてるオタクを、客席降りの時にわかりやすく干す人だったはず。

戸塚担は戸塚さんの1番の味方のつもりだけど、戸塚さんにとったら戸塚担って1番の脅威なんだろうなとずっと思ってた。『星が光っていると思っていた』がリリースされた時も、どの口が言ってるの?と思って、歌詞もブログの言葉もぜんぶ上滑って見えていた。だから「星が光っていると思っていた」と、ほんとに思ってるみたいな顔で客席を見る戸塚さんに驚いて、心の成長に目を細めた。

 

アンコールで台風ジェネレーション。「さよならじゃないよね、また会えるから」たぶん戸塚さんは、郁ちゃんの幻影を成仏させるみたいな心持ちで、台詞を発していた。

対する私は、今日この現場を担降りの区切りにしようと思っていて。「さよならじゃないよね、また会えるから」本編で自分が想いを寄せていたこの10年を嫌というほど思い出したからこそ、ああここで終わるんだなと、はじまる前あんなにモチベがなかったくせに、センチメンタルな気持ちになった。

 

この10年で200公演、戸塚さんの出演するステージを観た。戸塚さんって隠せない人だから、幕が開いて顔を上げた瞬間に、だいたい今日のコンディションをはかれた。その日つけてるアクセサリーの数で(ああ今日は調子が悪いのね)と察したり、いつもの数割増しの笑顔の日はほぼ読みを外すことなく親友の誰かが見に来てた。“目を閉じたままでも君の声から どんな顔か手に取るように 分かるから不思議” じゃないけど、特典会をして実際に話してるわけじゃないのに、顔を見たらだいたいのことが汲めた。“僕の心は君の形をしているから” という表現は言い得て妙で、寄り添わせようとした気持ちの数だけ、自担の心が、もはや自分のものみたいだった。

だから、台風ジェネレーションで、入所したてのジュニアみたいに晴れた顔をして踊る戸塚さんを見て、思わず涙が出た。心ここにあらずの顔とか、キマりきってしまってる顔でステージに立って来た200公演を知ってるから。こんな憑き物が落ちたみたいな純粋な顔で、楽しそうにそこにいるのを見て、自分のことのように嬉しかった。

 

 

sgnari.hatenablog.com

自身が作詞したソロ曲『V』で「華やかなステージの上 華やかじゃない位置についた」と歌う戸塚さんに、その場所は “華やかな位置” だと自信を持ってもらいたくて、私の戸塚担人生はあったようなものだった。

 

『頑張れ、友よ!』はいつだって、戸塚さんの作るセトリのパンチラインだった。これまで色んな想いをひっくるめて、戸塚さん自身を鼓舞するみたいに歌って来たそれを、この日はただただ未来を見てるみたいな顔で歌っていた。「君への歌が、俺の力に」と、ほんとに思われてるみたいに歌詞が届いて、戸塚さんの顔を見上げて、また涙が出た。

今の戸塚さんにとって、この場所に立って、戸塚担のために歌うことが、戸塚さん自身の力になってるのかもしれない。はじめてちゃんと、戸塚さんを応援する対象として肯定された気がした。

漠然とこの日を担降りの区切りにしようと思って来たけど、自身が立つその場所に、10年前よりずっと自信を持ててそうな戸塚さんの姿を見られて、私の戸塚担としての魂が成仏できる気がした。「頑張れ、俺よ!君への歌が、俺の力に」は、「君をサポートしたい」と戸塚さんを見つめて来たかつての私への、何よりのはなむけだった。

 

 

sgnari.hatenablog.com

戸塚担になってから10年。気づいたら、あの時の戸塚さんの年齢に、自分も追い着いてしまった。自分がこの歳になって、10年経ったって変わらない思考の担降りブログを書いているのを見るに、あの時の戸塚さんだってまだまだ全然大人じゃなかったんだな~と今ならわかる。

 

 

推しの存在は信仰で、推しの生きる姿は自分の鏡だと思っている。

10代~20代前半の私にとっては、大人になりきれなくてもがく戸塚さんが何よりの救いで、光だった。戸塚さんのサポーターズになりたかったから就職できたし、一緒に夢を追いかけたかったから、ここまで走れたと本気で思ってる。

 

 

区切りのこの公演で明るい笑顔の戸塚さんを見れて、私も戸塚さんも、もう大丈夫だなと思えた。かつての私の神さまは、私の進む方向とは違う未来を照らして、これからまた走り出す。

戸塚さんのことを考えて、走って、もがいて、笑った日々を、これからもずっと忘れたくないな。大好きだった人よ、どうかこれからもずっと笑って、幸せでいてほしい。

 

 

 

 

 

📝:1歩目が今 風に変わる(161126アーカイブ)

 

 

戸塚担降りブログを書くにあたり、掘りおこしたアーカイブ②。これは大野担→戸塚担に降りるにあたって書いたブログらしい。担降りブログってはじめて書くかも🎶って思ってたのに、10年前にもご丁寧に書いており顔ない。

先の戸塚30歳誕ブログしかり、私って10年経って推す人間が替わっても、感じ方考え方が全然変わってなくてほんと面白い。自分おもしれ~記録(立派な黒歴史)として、やっぱりブログって書く価値ある。

 


*


2016年11月26日、半年前まで自担だった大野さん
36歳の誕生日おめでとうございます

大野さんのお母さん
いつも産んでくれてありがとう


この記事は昨年同時期(2015年のシルバーウィーク後)に大野さんから降りようと決意した時期に書いて、結局降りられなくて放置されてた下書きを加筆したもの。約半年前、突然降りる予定のなかったところに降りることになって曖昧になってたから、改めてここに記しておこうと思う。

 

*
降りる降りる詐欺が日常だったのに、ほんとに担降りした。2016年7月、担降りする予定のなかった人に。


@大野さん
私が大野さんを好きになったのは、小学3年生の終わりだか、小学4年生のはじまりだかの頃だった。2006年、嵐が5月に『きっと大丈夫』を発売した年。

好きになったのにドラマを見たから、とか明確な理由はない。メディア情報に疎い小学生だったから、ドラマは土9くらいしか見たことがなかった。そんな私が嵐を、大野さんを好きになったのは “流れ” だった。

なんだったか、毎月購読していたティーン誌。嵐は定期的に特集されていて、メディアに疎い私でも、名前くらいならうっすら分かるというレベルだった。周りの友だちと「この中なら誰が好き?」という話の中で、写真でしか知らない大野さんを、何となく「この人が良い」と言っていた。

小3の終わりに引っ越しをして、家にケーブルテレビがやって来た。音楽専門番組のランキングを毎週永遠と見ていた。そこで嵐のPV『瞳の中のGalaxy』や『WISH』を見た。おそらくそれらが私が見たはじめての動く嵐で、名前くらいなら知っているの嵐に、はじめて色が付いたタイミングでもあった。

はじまりはこんな、何となくの連続だった。嵐を好きになったのも、大野さんを好きになったのも、何となく。何となくで、10年嵐ファンをやっていた。

 

好きでいるうちに、好きの理由を探していた。大野さんって顔が可愛い。歌が上手くて、踊りもするすると踊れる。バラエティでの発言は少ないけど、ここぞという時は面白いことを言えるし、お芝居だって人並みにできる。何より芸術、美術という面で、ジャニーズの新たな道を拓いてきた。

大野さんには分かりやすく、素敵だと思える才能がたくさんある。私も自担に他の人より優れているモノがあることは嬉しいと思うし、自慢だと思う。でも、私が何より大野さんのことを好きだと思っていたのは、こういう才能がありながらも驕らず、自分の面白いと思う道だけを極められる謙虚な態度だった。

 

 

昨年の秋に起こったスキャンダルの後、いろいろと考えた。アイドルだから恋愛をしたらいけないと思ってはいない。だけど多くのファンを抱えるアイドルとして、考えて行動しなきゃいけない部分はあるよな~と。私はそのアイドルとしての配慮のない対応、態度に、気持ちが冷めていった。

(色々あったサイテーの具体例をあげてたけど、さすがにこのタイミングで再掲する内容じゃないから自粛)

自担だった大野さんは、35歳になっていた。事務所に入所してからは21年。
大野さんは一昨年、デビュー15周年のハワイのコンサートで泣いた。「デビューした直後のモヤモヤはもうない、これからも着いてきて欲しい」と。その翌年に出たスキャンダル。オタクって胃が痛くてかわいそう。

 

アイドルだから恋愛しちゃいけないと思ってない。むしろ自分が好きな人だからこそ、自分たちのせいで、恋愛も結婚もできないと思わせるのは申し訳ない。でも今回ばかりは、そうも言っていられなかった。

これが、大野さんから降りようと考えはじめたきっかけだった。

 


@嶺亜くん
一昨年の嵐15周年の特番が全て放送され終わった後、『LOVE』ツアーから上がりっぱなしだった私の中の嵐熱が、一気に落ち着いた。落ち着いたタイミングで、少し他のジャニーズを勉強してみようと思って、YouTubeで『ジャニーズJr.の真実』を見たのが、Jr.担への入り口だった。

ガムシャラを初めて見たのは京都の回で、少クラをまともに見たのは2015年1月のセレクションスペシャルだった気がする。

ほとんど知らないジャニーズJr.の中に、見知った顔がいた。それが嶺亜くんだった。嵐がドル誌を卒業するまでの数年は、私も毎月ドル誌をチェックしていた。その頃取り上げられていたのが、B.I.Shadowやスノープリンス合唱団だった。ドル誌で見ていた頃には、ほんとに小さい子どもたちと思っていたのに、知らない間に少年は、大きく美しく成長していた。

ちょうど大野さんの仕事がないのをいいことに、ここ2年くらいは、嶺亜くんを中心にジャニーズJr.を追いかけてた。

 


@戸塚さん
私が初めてA.B.C-Zを認識したのは、Mステで『Never My Love』を披露した回だった。A.B.C-Zのことは、自分と同じ名字のメンバーがいるということぐらいしか知らなかったけど、曲がすごい好きで、何度も繰り返し録画を見た覚えがある。

でも、そこからはじめて少クラを見る2015年1月まで、A.B.C-Zのことはすっかり忘れていた。少クラを見はじめてからもしばらくは、嶺亜くんがバックで踊ってる曲の、メインで踊っている人という印象しかなかった。

『メクルメク』とか、嶺亜くんが出てなくても気にいる曲が複数あって、それもまた録画を繰り返し見ていた。少クラを見はじめて、メンバーの顔と名前が一致するようになった。A.B.C-Zの中では戸塚さんが一番可愛いな~とはずっと思ってたけど、長らくこの均衡が揺らぐことはなかった。

 

私とA.B.C-Z、戸塚さんの関係が変わったのは、2016年夏。Jr.は恒例の夏現場『サマステ』が発表された。だけどそこに、嶺亜くんの名前はなかった。ほぉ〜事務所?嶺亜くんの夏の現場はどこだよ?。オタクは嶺亜くんが出演する可能性を信じて、バックに着く可能性があるデビュー組の公演に端から応募するしかなかった。その時申し込んだのが、橋パラ2016とA.B.C-Z の夏ツアー『SLT』代々木だった。

申し込んではみたものの、A.B.C-Zのことは少クラで披露されている曲しか知らない。だから予習を、と思って『from ABC to Z』と『A.B.Sea Market』の2枚のアルバムを買った。


『from ABC to Z』のDisc1、少クラで知ってる曲で、尚且つ私が好きだと思っていた曲ばかりだった。え? A.B.C-Zって天才じゃない?神曲しか持ってないんじゃない⁈というのが、『from ABC to Z』のDisc1を聴いた私の印象。だから、今ツアーに合わせて発売されるニューアルバムなんて、ツアー入るし過去曲がこんな神曲揃いで、買うしかないでしょ⁈となった。これが7月はじめのこと。


7月6日、にのたんがスキャンダル。ここまで半年の私は、自担のスキャンダルの傷を癒しながら、どうにかこうにか生きていた。嵐の中でとくに大宮推しだった私としては、そんな中での相方()のスキャンダル。もはや事実はどうでも良かったんだけど、もうオタクは何を信じたら?という感じだった。あの時が完全に、私の嵐ファンとしての心が枯れた瞬間だったんじゃないかな~と思う。


7月14日、A.B.C-Zのニューアルバムのリードトラック『今日もグッジョブ』のMVが、WSで公開された。既にA.B.C-Z…となっていた私は、もちろん抜け目なく録画していた。

 

7月15日午前中に「戸塚さんお顔可愛いしギター弾けるし読書家だしで好きになったら抜け出せなくなりそうな人だな〜」とツイートしている。この時点では、数時間後に自分が担降りを覚悟するなんて、まったく予想もしてなかった。

 

7月15日の夜に、ようやく昨日録画したWSの『今日もグッジョブ』を見る。「と…戸塚さん……可愛い……以前からけっこう可愛いとは思っていたが、これはもう可愛いが過ぎるんじゃないか……無理………(死)」津崎平匡じゃありません、私です。(時事ネタ黒歴史すぎるけど、恥は笑って昇華した方が良いから残した)

ほんとに今までふつうに可愛いと思っていたのが、ほんとにほんとに可愛くて意味がわからない状況になった。『今日もグッジョブ』強い。A.B.C-Z神曲揃いだし、戸塚さん可愛い過ぎるし、これは…これが……“担降り” なのでは………?長らく嵐のオタクをしていた私は、ここでほんとに最期をむかえた。後から知ったけど、この日はA.B.C-Zのセンター橋本くんの23歳のお誕生日の日だった。橋ちゃんおめでとう。(違う)

 

この日からアルバム発売まで、楽しみで楽しみで、これを買うことを活力に生きていた。嵐のファンをしていた時は、アルバムは初回盤をとりあえず予約して、それだけゆるっと買いに行ってという感じだった。だから『SLT』も、言っても降りる覚悟?決意?したばっかりだし、買っても初回盤1枚で良いかな〜と思っていた。

発売日にHMVに足を運んだ私、気づいたら3形態買ってた、こわい。嵐だってそれなりに好きでやってたのに、堕ちて1週間足らずのA.B.C-Zのアルバムを3形態揃えてる、こわい。こわいしかなかったな。嵐を好きだった以上にA.B.C-Zを好きになり、熱狂的にオタクをはじめてしまう気しかしない、自分の未来が想像出来て。

 

アルバムの話。初回Aの特典は私が堕ちる引き金になった『今日もグッジョブ』のMV。もちろん最高だった。初回Bの特典は橋五の休日。これも最高で、アルバム買った2週間後にはロケ地巡りで鎌倉に出かけてた、こわい。通常盤もボーナストラックが強い強い、最高かよの嵐だった。 アルバム全編通して、A.B.C-Z天才じゃない⁈という、優しくて爽やかで真っ直ぐな曲が多くて、ほんとにほんとに『SLT』は名盤だなと思った。

 

そして、戸塚さんのソロ曲『V』。曲がただただ真っ直ぐで、戸塚さんのことを知りはじめたばっかりなのに、メンバーを大切に思っていることや、まだまだ前進する意志があることが感じられる曲で、戸塚さんらしくて最高だなと思った。とくに「華やかなステージの上 華やかじゃない位置についた」という歌詞には考えさせられた。

戸塚さんはルックスもスキルも、メンバーや事務所の他のタレントに劣らない。それがなかなかデビューに結びつかなかったものだったとしても、オタクから見れば他者より秀でてるとさえ思う。どんなにJr.歴が長くても、デビュー出来た時点で勝ち組みたいなもの。

この歌詞がデビューしたばかりの頃を指しているのか、今現在の状況を指しているのかは、当人しか知る由がない。でもどちらにしたって、ステージに立ち続けている自担のその立ち位置を、自担は "華やかじゃない位置" だと思っている。その事実は、担降りしたばかりの私でさえ重たいことだった。

 

大野さんのことを書いた時にも書いたけど、私は自担が頑張っている姿とか、そこから得たスキルを驕らず、自分の思うように生きる姿に、応援したいなという気持ちを抱きがちで。謙虚なのは良いこと、そこからもっと自分の腕を磨こうと思えるなら。だけど "華やかじゃない位置" という謙虚さは、戸塚さんの今までしてきた頑張りさえも、否定するような悲しい謙虚さじゃないかと思う。

謙虚なのは良いことだけれど、自担が自担自身のことを下げて言うのは悲しい。自担に自担自身のことを認めてもらいたい。それには自担が自信を持てるような、"華やかな位置" だと思える位置に連れて行ってあげたい。しがない新規でさえ、そう思った。

 

今年のABC座でも感じたけど、人が人を応援する力は大きい。戸塚さんの書いた1フレーズで、私は「君をサポートしたい」という強力なエネルギーを得ることになった。

このエネルギーと、A.B.C-Zの見るたびにもっと見たいと思わせるパフォーマンススキル。連載『ジョーダンバットが鳴っている』や、日々のブログから見えた戸塚さんの人柄に触れて、この数か月、7月から比べものにならないくらい戸塚さんやA.B.C-Zへの好きが溢れている。

 

どこかの特典映像で郁ちゃんが「アルバムは旅のチケットに。そしてツアーが旅に」という表現をしていた。私はまさに『今日もグッジョブ』を機に『SLT』という、A.B.C-Zと今後旅をして行くチケットになるアルバムを手に入れ、『SLT』ツアー代々木大阪を出発点に、A.B.C-Zとの旅をはじめた。

このツアーが終わったら、A.B.C-Zや戸塚さんとの旅が終わるわけじゃない。年明けの5周年、夢見るドームツアー、とワクワクするような夢も、他に負けないように頑張らないといけない試練も沢山ある。

そんな旅を、これから一緒にして行きたいと思える自担を、自ユニを見つけられて、一緒に歩いて行くためのチケットを手に入れられた2016年7月は、私にとって忘れられない季節になった。そしてこれからを誘うチケットになったアルバム『SLT』は、私にとって間違いなくかけがえのない作品になった。

*


昨年の今頃、大野さんから降りようと思ったのは、自担の情けなさを感じたからだった。その時点で降りていたら、私は大野さんに対してマイナスなイメージを持って、嵐のオタクを終えることになってたと思う。でも年をまたいで7月、大野さんからの傷が癒えはじめた頃に、戸塚さんというもっと自発的に応援したいと思えるアイドルを見つけることが出来た。

2015年11月の時点で大野さんから降りられていれば、新しい自担との思い出がより増えていたのかなとも思う。でもその場合、元担へはマイナスなイメージを抱えたまま、オタクを終えることになっていた。そう考えると、2016年7月までのこの数か月は、私にとって必要な期間だったんだろうな、と今なら思える。

 

先週、嵐のライブツアー『Are You Happy?』の東京公演に参加した。素晴らしい演出の数々だな~とは思ったけどそれまでで、一緒に行った、嵐に対して興味がない妹の方がキャ〜キャ〜とジャニオタらしい歓声をあげていた。同じ公演に入ってたJUMPの友だちも言ってたけど、他のグループの公演に入ると「自担グループやっぱり最高だな、ライブ行きたいな〜」と実感させられる。私にとって半年前までは嵐が自ユニだったわけだけど、それは半年の間に変わっていて、もう自分は嵐一番の人間には戻れないんだな〜〜と、ライブを見ながら冷静に分析してしまった。

 

この半年の間に、嵐と私自身の関係はたしかに変わった。だけど、嵐や大野さんを好きになってなくて、2010年前後のドル誌をチェックしてなかったら、スノプリや嶺亜くんを知れてなかったし、嵐の15周年がなかったら、Jr.を勉強しようと思わなかったかもしれない。Jr.の中に嶺亜くんという以前から知っていて、成長を感じられる子がいなかったら少クラを見続けることもしなかっただろうし、少クラを見続けてなかったらA.B.C-Zや戸塚さんを見つけられていなかったと思う。大野さんから降りようとは思っていたけれど、にのたんがあの時期にスキャンダルを起こさなければ、戸塚さんに降りようという踏ん切りもつかなかっただろうと思うから、嵐も大宮コンビも大野さんもありがとう~と思える。


残念ながらライブを100%楽しめる心境ではなくなったけれど、A.B.C-Zや戸塚さんに出会うための今までだったと思って、嵐や大野さんのことは今後も特別に思うんだろうな。


今の私は、戸塚さんが大好きで。でも、分かりにくい大野さんを追いかけたこの10年がなかったら、戸塚さんのことも中途半端にしか好きになれなかっただろうな~と思う。マイナスな気持ちから担降りを決意した昨年の秋だったけど、今は優しい気持ちで大野さんに感謝の気持ちを向けることが出来る。

 

私の学生時代の大半の好きを費やした大野さんに、たくさんのありがとう。大野さんがいなかったら、戸塚さんが大好き!という、今の幸せな状況は得られていなかったと思う。ほんとにほんとに、多分きっと、ずっと特別な人。

これからも大野さんと嵐が、前に前に向かって進んでいけますように。そして戸塚さんとA.B.C-Zが、嵐のような大きいアイドルグループになれますように!

 

大野さん、あらためて36歳のお誕生日おめでとう~!
大野さんのお母さん、ほんとにいつも、生んでくれてありがとう!大野さんのこれからの幸せを願って、幸あれ!

 

 

 

 

📝:明日へ輝けますよう(161115アーカイブ)

 

 

これはたぶん戸塚担になってはじめて書いたブログ。今回、担降りブログを書くにあたり、アーカイブにしてたこれを読んだら、ただただ純粋で真っ直ぐな時代の自分の気持ちを思い出し、ちょっと泣きそうになった。今の自分の書き口に合わせて、ちょっと語尾いじったけどほぼ原文そのまま。当時の私、ブログを書いておいてくれてありがとう。


 

*
初めまして、
早速ですが自担である戸塚祥太さん
お誕生日おめでとうございます。
 
戸塚さんのお誕生日は11月13日
なのに何故ブログの更新が11月15日なのか、
ずばり…間に合わなかったから!
そして15日は私が戸塚さんに降りた(堕ちた)記念日だから!です!!
 


坦降りを決意した2016年7月15日から、今日でちょうど4か月。(まだ4か月!) この4か月のうちに、私は何度戸塚さんの20代最後に間に合って良かった!と叫んだことか。私のそれは、ただジャニオタとして、今後この人を長く見ていくという意味で、30代の戸塚さんしか知らないより、20代の戸塚さんも見ていたよという意味でのものだった。

誕生日当日、戸塚さんをお祝いする多くのファンのブログを読んだ。そこで分かったこと。戸塚さんが何年も前から、自分が30歳になることを見据えて活動をしていたこと。戸塚さんが30歳になるまでの時間を、オタクだけでなく本人自身も大切にしていたということを改めて知ったら尚さら、戸塚さんの20代ラストの現場の数々に間に合って良かったと実感した。ほんとにほんとに今年の夏に戸塚さんに降りられたのは、最高のタイミングだったんだな~。
 


7月に降りると決めてから、初対面の戸塚さんは橋パラ見学での遭遇だった。数週間後のツアーで初!と思っていたのに、思わぬところでのエンカウントに驚いた。それまで静かに見学していたのに、Revolutionの時だけ身体を揺らしてリズムをとっていた姿。MCで現れて、遠くのほうまで手を振っていた姿。いつものお顔で塚ちゃんのおふざけを見ている姿。橋ちゃんに「とっつーかわいいね」って言われて、ふっと笑って「かわいい?」って照れていた姿。捌けがけに機材に興味持って、わざわざ触りに行っていた姿。今思い出すと、ほんとに戸塚さんの戸塚さんらしい姿がたくさん詰まった時間だったな~としみじみ思う。
 
そこから8月11日代々木両部、10月1日2日大阪遠征。停電してしまった回を含め5回のABC座。10月30日Go!Go!5公録。11月6日ダイヤルA.B.C☆E公録。と、たくさんの20代の戸塚さんを現場でこの目に焼き付けた。
 


戸塚さんに降りるまで、現場はひと現場につき一回入れれば十分だろうというスタンスだった。(まあ嵐のオタクだったし)遠征も、交通手段やホテルを手配するのが面倒だし、私には縁がないものだろうと思っていた。なのにこの4か月の私ときたら、面倒くさいの“め“の字も思い浮かべず、多ステや遠征をしていた。見れば見るほど「もっと見たい!」と思わせる、戸塚さんやA.B.C-Zのパフォーマンスは、ほんと~にすごいと実感している。
 
本人の中身のことを言うと、戸塚さんが色々考えすぎなくらい考えて行動している人だというのは、『ジョーダンバットが鳴っている』を読んでひしひしと感じた。こんなに色々なことを考えて、自分のインプットもアウトプットも教えてくれる面白い人を知れて、ジャニオタ得してるなあと思った。

強くて器用で孤高を行く人に見えるけど、実は打たれ弱い面があって不器用で誰かと一緒にいることに価値を見いだせる戸塚さんは、生きづらいくらい人間臭い人間なんだなと感じる。こんな戸塚さんを、自分のことを“華やかなステージの上 華やかじゃない位置についた”と歌う戸塚さんを、好きにならないわけがないし、幸せになってほしいと願わないわけいかない、ね!
 


私は今、戸塚さんが自担だということがほんとに幸せなんだ、幸せ!他のファンのように戸塚さんの好きなところを具体的に言えないし、現場命なこの界隈でまだまだひよっこだなあとよく思う。戸塚さんがこの事務所でアイドルを続けてこれた今までを、昔から応援してたファンには頭が上がらない。新規も新規な私だけど、これからもっともっと戸塚さんやA.B.C-Zを知って、同じ夢を応援したい。
 
戸塚さん本人のことも、他メンバーひとりひとりも、A.B.C-Zという箱も、慕ってくれているたくさんのJr.も、新規にも優しくれるファンの皆さまも、ほんと~に大好き!(エアハグ)  
 
 
改めて戸塚さん30歳のお誕生日おめでとうございます!
自分を追い詰めすぎず、自分の納得できる仕事をして、精一杯幸せになってほしい。オタクは応援することしかできないけど、応援してるし、見守ってる。ずっとラブ!
 
 


 

📝:結び目はギュッときつくしよう

 

 

先週、自分の特典会レポを読み返していて、ふと、 “記録のない実践は実践にあらず” というフレーズが思い出された。新人時代、この言葉を刷り込まれるとともに、毎週書かされていた関わりの記録。あれって今自分が書いてる特典会レポとやってることがまったく同じ。関わりの記録が日々の実践の点検だったってことは、今書いてる特典会レポも実践の記録ってことなんだ?と思わされた。

なんでも書き残してる職業病オタク、この1年自分が特典会で悩んだことも、その時推しメンとどう関わったかも、ぜんぶ記録に残してあって神。私って私を面白がらせる天才だなと、人知れずにっこりした。この週末はこの半年の集大成みたいな2日間だったから、クソぱち㌠ \いつもありがとう/ の気持ちも込めて、記憶が新しいうちに記録を書き残しておきたい。

 

4月~5月の記録sgnari.hatenablog.com

ここのところの私が考えていたのは、ぱちと、ぱちのオタクをしてる私と、ノクソさんと、ノクソさんのオタクをしてる私というのは、ぜんぶバラバラではなく、行ったり来たりしながら(私が)関係性を編んでるイメージなんだよな~という体感。

ぱちもノクソさんも多分私を見る先に、ぱらやめせめせの活動を見てる瞬間があって、それってただ私と1対1の関係性があるより、ぜんぜんふつうに嬉しいし助かるなって。片方だけとの関係じゃ脆いし心もとないけど、どちらもいるから補い合えてるし(だからオタクがやめられないとも言う)、一緒に居なくても思い出を共有できて楽しくて嬉しい(オタクの押し付けです)。

だからこの大阪2デイズも、面白い思い出たくさん作りたいな~って、楽しみにしていて。

でもそこまで考えたところで、私はクソぱち㌠をハシゴすることをこんなに面白がってるけど、それって推しメンにとってどうなわけ…?と思って。私がクソぱち㌠をハシゴするのはやめられないんだけど、でもそれで推しメンにネガティブな気持ちを抱かせたくはないので??大阪に旅経つ当日の金曜日、業務の目を盗んで、この3か月の記録をちゃっぴーに食べてもらった。

 

【ちゃっぴーの回答】

私の "関係性を編んでるイメージ" という曖昧な表現を、"文脈で繋いでる" と言い得て妙な言葉選びで示してくれるちゃっぴー。一概に私の主動だけで文脈を紡いでるとは言えないと思いつつ、それってそういうことなのかもと思わされた。

"ぱちに理解されたい" と、とくに意識してたわけじゃないけど、たしかに私の伝えてることが、私の意図と違う受け取られ方してたら嫌だなあとは思っていて。特典会でめせめせの話をするのはぱちに聴いてほしいからだし、この大阪現場まわしも面白がらせたくてやろうとしてるし。5/10の特典会みたいに伝えられる限りでは伝えてるけど、それを結局ぱちがどう受け取ってるかはわからないよなあ…ってところを、ぱちとのやりとりを根拠に「たぶんわかってる」って言ってくれるちゃっぴー優しい。

 

併せて最新の現場、DD大運動会でのネガにも向き合ってくれるちゃっぴー。

これは2人ともにかけ持ちバレてるからこそ、嫌だなあと思った瞬間の話。私はどちらの現場にいても目の前の推しメンが1番という態度をとっていて。事実、時間もお金も気持ちも単推しのオタクと同じくらい各々に費やしてると思うんだけど。

でもちゃっぴーの言う通り、あの瞬間って〈どっちが1番か〉を瞬発的に提示しなきゃいけない場で。どちらにも全力だからこそ、二兎とも得ようとしてしまう自分に卑しさを感じたし、結局選びきれずにジタバタした自分に、二兎を追う者は一兎をも得ずってこういうことかあ、と実感してしまったのが嫌だったのかもなあと思って。

ぱちもノクソさんもかけ持ちを容認して、向こうの現場に快く送り出してくれてるから、ちゃっぴーの言う ”本人たちも「別にいいのに」って言う。” は、そりゃそうなんだろうなとは思うけど。どっちにも1番という態度をとってる手前、どちらもいる現場で潔く〈あなたが1番〉出来ないのって、ほんとにめちゃくちゃ胃が痛い案件だなあと再確認した。

 

でもここで救われたのが、ちゃっぴーの下記回答で。

なんか、そうか!私がクソぱち㌠に示したかったのって誠意だったんだ!と気づかされた。私ってそもそもぱちが毎日配信してる誠意に負けてぱち推しになったオタクで。接触絶拒界隈だったのに接触現場デビューしようと思ったのも、現場で友だち作ろうと思ったのも、ここまで日々の現場に通ってるのも、ぱちの誠意に応えたいと思ったからで。

ノクソさんという好きが増えたのは間違いないんだけど、だからと言ってぱちへの好きが減ったわけじゃないから。めせめせやノクソさんを好きで、時間やお金や気持ちを費やすなら、同じだけぱちにも払わなきゃと思うのは至極当然だし、無意識にこのバランスのとり方を貫いてきたの面白いなと思った。

 

こんな長すぎる前置きを踏まえて、いざ向かった大阪。

今回の大阪は、どう考えてもぱちとノクソさんの全力かけ持ちオタクの私が頑張らなくて、誰が頑張るんですか?案件。私が来てるということは、ハシゴするのは2人の中で想定内だろうから、“ぱちに” ”ノクソさんに” 会いに来たことを示すため、ちゃんと足を使う最大限のスケジュールで挑んだ。

 

5/30(土)
🐼①
亀戸フリラぶりのぱち。ノクソさんの特典会がひと月半ぶりになることは事前にわかってたから、1番死守したかった①。ノクソさんに会う前に、ぱちに会えるという安心感たるや。ぱち列に並んでる時のヨユーしかない気持ち、半年前の私が見たらひっくり返っちゃう。

サンバ衣装に合わせて赤いワンピース着てったら、『真っ赤!』って笑って、たいそうご機嫌だった。「さすがにこの2デイズは気合入ってて」って言ったら、当たり前に『このあと行くの~?』って訊かれたから、「ぜんぶまわす!」って教えてあげた。『暑いから気をつけてね』って送り出してくれて、ママぱちは朝から優しかった。

 

💌①②
47青森ぶりの1対1の特典会。この間、全握とかハイタとかはあったから忘れられてないのは知っていて。でもちょっと会わない期間が開くと、す~ぐ関係値が0に戻っちゃう弱小オタク。ほぼ泣きながら整列してた。

『久しぶりやなあ、運動会では見つけれたけど』………??? 私はギャルチームのスタンド3列目に座ってましたが??? たしかに最後のお手ふりでまわってきた時に、持ってたメガホンで指された気はしてて。だからこそ赤と紫どっちを持つべきかジタバタした自分と、ギャルチームの応援席に座っておきながら、見つかった気がするという自意識過剰の自分に頭抱えて苦しんでたんだけど。正直にギャルチームの応援席に居たから気まずかったという話をしたところ、『別にぜんぜん良いのに』『来てくれるだけで嬉しいし』だそうで、ちゃっぴーの言う通りの模範解答にオタクはぴよぴよした。

ファミリアにみゆちゃんぬとさっちまが遊びに来てくれた。今日ぱらとまわしてるって話で、「こんなに来てくれて愛されてますよね」って言う2人に、『それは知ってんねん』のノクソさん。いや、これだけ会いに来ておいて伝わってなかったら困るではあるんだけど。それでも、ぱちとまわしてるの知ったうえで、当然という顔で即答してくれるんだ……と3人の会話を外野で聴きながら耽った。

 

🐼③
ふだんから撮影会の時は、なるべく衣装に服のトーンを合わせたいオタク。今回のめせぱら撮影会は、よりによってぱら3着めせ2着の衣装がご用意されており、さあどこに照準を合わせる…?という状況だった。考えた結果、選ばれたのは………“5パターン着替えよう!”でした、頭がおかしいネ!

とは言え🐼①サンバ→🐼③パンダだから、全体的に赤いのは変わらず。撮った写真を見返してみても、“着替えた”という私の自己満足でしかないくらいの変化。だからきっとぱちは気づかないだろうと、着替えた話を自分から振るつもりでブースに入った。オタクを見るなり『え、なんか赤減ってない?』のぱちぱち。……よく気づいたね?さすがママ。

「今回めせもあさんも衣装が2パターンあって、だからぜんぶで服替えようと思って」って言ったら、『え、じゃあこれが3着目ってこと?』『次ロイヤルも着替えてくるの?楽しみ』って笑ってた。あらゆることを半ばあきらめられた結果なのかもしれないけど、ハシゴしてることを知ってるうえで、帰って来るのを楽しみと待ってくれるの、優しい~と思ってちょっと泣いた。


💌③④
②で撮ったファミリアでうっかり100枚目を逃した話をした。ちゃんと来はじめて半年くらいって言ったけど、サンシャインのフリラから数えても8か月は経ってた。年開けてから殊更に、転げ落ちるみたいに加速しすぎで、いろいろな感覚がバグっている。

『明日、暑くなるから気をつけて』って言われて、まだ記憶が新しい1月のフリラ前日も『明日、寒くなるから気をつけて』って言われたことを思い出し、季節が移り変わったことを実感した。ノクソさんことあるごとにこちらの体調の心配してくれるけど、私は体力だけには自信のある現場まわしオタクだから、そちらこそ体調に気をつけていただきたい。

なんかさんざん優しく扱ってもらってるのに、最後『このあとぱらのところ戻るの?』って訊かれて、ふつうに申し訳なくて切なかった。でもこれに関しては、ぱらでは撮れない枚数こちらで撮ってる分、ぱらで始めてぱらで終わるのが、この状況で出来るせめてもの誠意なんだよなあと思い、ぎぎぎと思いながら送り出された。


🐼⑥
開口一番『ヤバい、ほんとに替わってる!』って笑ってた。自己満足で着替えてたのに、終日通してぱちを面白がらせるコンテンツになれて良かった。1日中走りまわったオタクに『ほんとお疲れ』って労ってくれるママぱち。「ただハシゴするだけじゃ面白くないと思って」のオタクに、『さすが!』って褒めてくれて優しかった。


5/31(日)
🐼①
こちらが何か言う前に『このあと行くんでしょ?』『とみたけさんの声の調子が良くないって』って話してくるぱちぱち。もはやその話するために待ってたでしょ。とみたけさんとの昨晩のやりとりを教えてくれて、『気をつけて行ってきてね』って送りだされたから、「6部には帰って来る!」って出かけた。ぱちってママだし、ここってやっぱり実家なんだ??と思った。


💌①
🐼⑥のお話し会で待ってるぱちへのお土産にするために、メンバー全員からサインもらおう企画。

@あおいさん
ととめちゃんが「あおいさんの顔が可愛すぎる」って、いつも言ってる話を教えてあげた。女の子についてても可愛いくらい可愛い目が、一番チャームポイントだって教えてくれた。

@野崎さん
野崎聖誕を見に行ったなるきさんが、配信で『昔のむすめん。さんを見てるみたいで嬉しかった』って言ってた話を教えてあげた。「後輩たちのモチベーションを上げる最高のライブをしてくれてありがとうございます」って言ったら、力強い握手をしてくれた。野崎さんって難しいけど面白い。

@とみたけさん
めせめせがリハで踊らずにMCしてるのを、ぱちが『前説じゃん』って言ってた話を教えてあげた。『違うって言いたいけど、そう言われたらそうだから悔しい』ってキィキィ言ってた。『ぱらにも歌とか踊りじゃなくて、もっと喋りの練習した方が良いって言っておいて』って言伝預かって、「あとでぱちにサイン見せてきます!」って言って帰って来た。

@ノクソさん
他メンには言いたいことあるのに、ノクソさんには言うべきことが何もなくてウケる。サイン会なんて、話したいことがあって粘ったもん勝ちのところあるから、話したいことがない人が負け(オレ)。

💌②
@ノクソさん
なんか多分気づいてなさそうだったから、今日もぱちとまわしてる話をした。東京でも撮影会あるんだから、大阪でまわさなくても良いのにって言われたから、「2人が大阪に居て、大阪でまわすから意味がある」という説明をした。

ぱちとまわしてるのも、来週愛知に行くのも、『来てくれるだけで嬉しい』って重ね重ね言われた。前日運動会でのことを話したから言ってくれてるんだろうなと思いつつ、「いい加減わかった!」「素直にそういうふうに受け取りますネ!!」と思うくらい何度も言われて、このあとまたぱちのところに戻る状況も含めて、そんなに優しくしないでお願いと頭を抱えた。


🐼⑥
このオタクが話したいのはめせめせのフリラのことってわかってて、すぐに『どうだった?』って訊いてくるママぱち。めせめせメンバーから集めて来たサインに驚き、とみたけさんとのサイン会の話に大笑いして、3枚出しもあっという間だった。出発前ハシゴすることをどう受け取られてるだろうと心配した分、めせめせのことでぱちを楽しませられたことに安心して、有終の美を飾れたなと思った。

 

 

 

果たして私は、この2日間でいくら特典券に使ったんだろうか?ヤコバ移動、みゆちゃんぬ家泊、ご飯を食べる暇もない刻みスケジュールで、お財布事情がすべてが丸くおさまっていたと信じたい。

 

 

この大阪2デイズは面白い思い出をたくさん作ろうと思ってたのに、想定外にクソぱち㌠の優しさに充てられて、なんかこんなつもりじゃなかったんだけど…という気持ちで岐路に着いた。 

 

出発前に気にしてた、この現場まわしをクソぱち㌠はどう思うか?という心配。

少なくともぱちは、私がめせぱらハシゴすることも、特典会でめせめせの話をしたいことも、それに悪意がないことも “わかってる” 感じがして、ぱちぱちいつからそんなに私の解像度上がったの…?と思った。

今回ぱらの撮影券〈上限3〉をどうやって割り振るかってなった時に、同じ部に重ねて取る方が楽なのはもちろんわかってた。でもめせめせの撮影会ぜんぶの部に行ったって、ぱらのすべての衣装に間に合うタイテなんだったら、それをしないわけにはいかないよねと思って良かった。

完全に自己満足ではあるんだけど、めせめせの撮影会からぱらの撮影会会場に向かってる時間は、間違いなくぱちに会いに行くために割いてる時間で。めせめせ楽しかったなと思いながら、ぱちに何を報告しようと考える過程は、このスケジュールを組まないと生まれなかったから、こうして正解だったなと思った。

ぱちとの間で『おかえり』「ただいま」ってやりとりは、個握でループしてる時だって毎度律儀にやっていて。でもこの2日間、ぱちのところに帰った時に言われる『おかえり』は、いつもより声色に身をもってる気がして、言われるたびに帰って来たんだなと実感できて嬉しかった。両日ともちゃんと⑥をぱちにしたの、帰る場所の役割確認として意味あったなあと思った。

 

ノクソさんは『ただ来てくれるだけで嬉しい』らしいから、言わずもがな私の現場まわしなんて、気にしてないんだろうな。なんかほんとにそう思ってくれてるんだろうなとは思うけど、推しメンが2人いる私にとって、『ただ来てくれるだけで嬉しい』を言葉のまま受け取るのって難しくて。

双方に知られた状態でかけ持ちしてるなら、できる限り平等でありたいのが私の誠意。だからきっとこれからも、ぱちで走るならノクソさんでも走るし、ノクソさんで走るならぱちでも走る。ノクソさんって、ぱちのパッションのオタクしてる私と、1番遠いところにいる思想のアイドルでほんとに愉快。

 

 

2か月前、ホワイベと翌日の撮影会の時にこんなことがあった。

なんかこの日に意図して紫を着た時に、メンカラを着ることって推しメンに忠誠を示す行為だったなと実感した。

今回1日目に早着替え撮影会したの、出発前の時点では、ただ衣装合わせをしたいオタク心の自己満足のつもりで。でも実際にやってみて思ったのは、めせぱらどっちの衣装にも合う服じゃなくて、“この衣装” に合わせた服を着たことは、“この部の推しメン” に会いに来た証拠であり、それってハシゴすることが目的じゃなくて、ちゃんと会いに来ることが目的だと、最大限伝えられる行動だったのかもってこと。ハシゴしてるのがバレてるからこそ、ぱちとノクソさんそれぞれに向けた服を着て、間借りでも忠誠を示せたなら、着替えた意味あったなあと思った。

 

 

昨年末のぱらソロイベで、客席の顔を1つ1つのぞき込んだぱちが『この1年、1人1人と思い出がある』と言った。当時の私は連日の個握に疲れ、クリスマス撮影会での己の不出来を呪い、メロタイで接した他演者の対応の良さをうらやみ、とにかく全然ぱちモチベがなかった。接触での対応に不満があるからって推しメンのパフォーマンスの質が落ちるわけじゃないのに、納得いかないから発言のすべてに説得力がなく聞こえて、何に触れても頑張る気が起きない状況。

接触が上手くいかないからって、ライブ現場を楽しめないなんて本末転倒。大前提、アイドルしてるぱちが好きだから、こんなに毎度打ちのめされるなら、特典会なんて行くのやめれば良かったんだけど。でも『1人1人との思い出』なんて、特典会に行かないことには生み出されないわけで。このまままったく接触に行かずに推しメンの視界から消えるか、もっと会いに行って向こうの中でピント合わせてもらえるくらい近づくか、どっちかしかないんだよなあと思ったら、もう腹を括って特典会に取り組むしかないなと思った。

 

だから今、クソぱち㌠のオタクとして、ぱちをママだと思えるくらいの関わりが出来るようになったのはすごい功績。

でもこれってぱちと私だけじゃ絶対こうはなれなくて。ノクソさんのところに行くようになって、ぱちと同じ関わり方してるのに、いつもちゃんと対応してもらえて、ぱちとうまく行かないのって私のせいじゃないかも()って、自分を責めなくなったの大きいなと思う。ぱちで武士の顔させられても、ノクソさんと会えば笑えるのがわかってたから、この半年の特典会をちゃんとやり切れたまである。

 

この2日間どちらに行っても、走る私を把握されて、受け止められて、もはや私がクソぱち㌠の掌の上で踊らされてるな?と思った。迎え入れていただけて助かり…と思った反面、優しくされればされるだけ、どちらか一人に選べない自分、結局このあと向こうに走る自分に、身の置き場のない気持ちもあって複雑。

でもやっぱり、めせぱらどっちにも行って、片方で生み出した熱をもう片方に持ち帰れるから、私はいつでもモチベーション高く現場を走れていて。私のこのオタクスタイルは、きっとクソぱち㌠が揃ってこそなんだよなあと自分を納得させた。

 

貴重体験として、ほんとにほんとに走って良かった大阪2デイズだった。私は昨年末の自分の苦悩を知ってるから、ただただ、私良かったねえ~~~と思ってます!自惚れ!

下半期も誠意を忘れず、バランスをとりながら現場を駆け抜けたい気持ち。クソぱち㌠、 \いつもありがとう!/

 

 

f:id:sgnari:20260604232037j:image特典会って楽しいけど、特典会って疲れるなあと身を持って実感した2日間だった。みゆちゃんぬ家泊、次回はもっと万全の状態でリベンジしたい。

 

 

 

📝:何もかもきっと僕の手の中に

 

 

オタクというのは365日絶え間なく活動していて、推しメンの発言や行動に一喜一憂する忙しい生き物だなと、己の身をもって日々実感している。推しメンが複数居たら、忙しなさは倍々ゲームであり、この私だって当然ながら例に漏れない。このひと月もまた現場が怒涛だったから、忘れてしまう前に記憶と気持ちの整理の記録。日々赤裸々オタクすぎて、何も初出し情報ないけど、後々きっと味がしてくると思いたい。

 

sgnari.hatenablog.com

4/16: DDフリラと手持ちのぱちお話し会がまわせないという事実に頭を抱え、ブログ1本書きあげるお騒がせオタク。この時はほんとに真面目に、5/9池袋に行けない己の気持ちをどう納得させようかと四苦八苦していた。

 

4/20:5/9ぱら特典会のチケ発。どうせ池袋に行けないなら、大崎でぱち特典会を全うするしかないと戦った。取れた特典券の状況を整理しながら、DDフリラのめせめせタイテより前の時間に、十分ぱちに会う時間を確保できてるんじゃないかと気づく。この日はDDフリラの優先エリアFC申込み最終日。ここで申し込みにトライしなかったら一生ぱちのこと恨むかもと思って、DDフリラの申し込みをした。

 

4/22:ぱら周年。楽しかったけど、何かぱちに話したい!と思うほど、突き動かされはしなかった。本編ラストのたたみかけでないとびをパフォするメンバーを見ながら、ぱらってほんとに走り続けるしかないんだよな~、と再確認した。

 

4/23:ぱら特典会。半休でぎりぎりまで働いて、1番最後の時間だけ参加した。前日のことでとくに話したいことがなくて、こんなにモチベないのに半休使って都内に出向いてるなんて変なの〜と思った。話すことがない日の特典会がうまく行くわけないから、案の定頭を抱えて退室して、久しぶりに武士の顔をした。

 

4/27:とみたけい子のソロライブ。道のないところに道を作れるとみたけさんってすごいな~と、改めて実感した。このとみたけさんとプラベで仲良くて、吞みながら仕事とかグループの話してるぱちって誇らしいと思った。

 

4/29:ぱら特典会。お話し会でとみたけい子の話をした。ぷんさんの聖誕の話をした時ぶりに、わくわくした様子のぱちに『教えてくれてありがとうね!』って言われて、やっぱり私がぱちにできる話題ってめせめせのことしかないんだよな~と再確認した。

 

4/30:野崎弁当大聖誕祭。寮組と現場かぶりした。野崎さんの自由さを浴びて、努力とか経験の積み重ねの先って、こういう自由さを手に入れることなんだろうな~と感じた。40歳になった野崎さんのこの自由なふるまいを、同じ現場でぱちにも見てもらえたことに喜んだ。ああいう自由さを見せられる先輩がいることって、救いだろうなあって。

 

5/1:ぱちオン特。GW前の金曜日、残業中の職場からぱちと話した。次は5/5のフリラに行くって話をしたら、『来てくれるの?めせもあさんとかぶってて大変だろうけど』って言われた。防衛隊フリラに12会場参加したくらいにはいつでもいるオタクに、フリラ行く報告だけで驚くのやめれる?(にっこり)となった。私発信でめせめせの話はよくしてるけど、ぱちの方からめせめせの名前を出されたのは多分初めてで、当たり前にハシゴすると思われてることに大笑いした。

 

5/4:めせめせアリサマフェス。昼すぎに行ったのに、2列目で見られて喜んだ。はじめて全握に参加。別に心配もしてなかったけど、3週間ぶりでも忘れられてなくて、良かった~と思った。ぷんさんに「関西弁ください」の無茶ぶりをして、2ターン目で『ほんまおおきに』を獲得してほくほくで帰った。

 

5/5:ぱらフリラ(日本丸)、個握3・サイン2。とみたけい子と野崎聖誕を見て、ぱらの未来が楽しみになった話 と、ぱちに勧められたから47沖縄に行くことにしたら、ぱらのツアーの初日に行けなくなった話をした。2部の個握に鍵開けで行ったら、『2部までいてくれたの?』って言われて笑った。私ここまでひと言も肉フェスに行くなんて言ってないんだけど。『楽しんで行ってきてね』って言われて、ぱちのことママかと思った。

5/5:肉フェス。くま耳つけてるお兄さんたち可愛すぎて悶えた。DDハイタ、後輩のところからずっと「ありがと~」の連続で来てたのに、終盤オタクの顔見つけたぷんさんに『あ!ほんまやで!』って言われて、飛び上がって大喜びした。後ろにいたとみたけさんが『え?なんで?』って困惑顔してて、なおさらにっこり。

 

5/6:ぱらフリラ(歌舞伎町)、個握3・サイン4。めせめせの現場に行ってるからこそ、ぱちのこと蔑ろにしたくなくて、ちゃんと毎回上限は買ってるの我ながらえらい。1回目の個握でこちらが話し出す前に『昨日間に合った?』って訊かれて、やっぱりぱちってママだったんだ?と思った。

最求めトップランナー、歌舞伎町フリラのセトリに入れてくるって覚悟だよなと思って、ちょっと泣きそうになった。サイン会でタイミングよくたいが列が切れて、いちなんにまとめて、いちなんのパートが好きなことを伝えられて喜んだ。

 

5/9:ぱら特典会。青森特典会でのノクソさんの話をした。どういう意図があって伝えたかと言われると難しいけど、私自身がひっかかっためせめせの行いについて、ぱちがどう思うか知りたかったってところだろうか。ノクソさんの優しさにしわぴかの顔したあと、『でもほんとにたくさん現場来てくれてるもんね』って言われて、ぱち完全に私のことめせめせのお客様だと思ってるな?と思った。今私が現場にいるのって、別にノクソさんにああ言われたからじゃないんだけど。

5/9:DDフリラ。撮影会とお話し会の合間を縫って、結局3部ぜんぶ観た。この日この場所にいるために、あんなに気を揉んだのなんて嘘みたいに、あっさりめせめせの出番は終わった。めせりりハイタ、肉フェスからまる3日空いたのに、「関西弁ください」のくだりを覚えててくれたぷんさんに大喜びした。しかも青森以降名札見せてないのに名前呼ばれた気が…?ぷんさんってほんとにすごい!と、スキップして帰った。

 

5/10:ぱら特典会。前日までのぱちのふるまいに対して、「ちょっと私のこと快くめせめせの現場に送りだしすぎだよ!」のワガママなオレ。①では、めせめせの特典会の時もぱち推し仕様のスマホで行ってる話をした。勢いあまって言った「ぱちが1番」に、首を傾けて『そうやんな~🎶』のぱち。あまりにも軽い調子に、アンタほんまにわかってんの?と思った。

⑥では、めせめせのオタクになってからぱちに話したいことがたくさんあって、今の方が楽しく特典会に参加できてる話をした。なんかこれはほんとにそうで、めせめせとかけ持ちして、単純にぱらへの気持ちが薄くなってるわけじゃなくて。むしろめせめせのすごい現場を見るたびにぱらへの期待が大きくなって、ぱちぱちもっとできるよ!ってモチベ向上してるから、そこがぱちに伝われと思って。私がぱちに会いに行ってる限り、ぱちの前でめせめせの話するのってやめられないし、ぱちを傷つけたくてめせめせの話をしに行ってるわけじゃないから、ちゃんと正しく意図が伝わってほしい気持ち。

 

5/17:ぱらフリラ(亀戸)、個握3・サイン4。ぷんさんに『関西人並みによく喋る』って言われた話と、ぷんさんがハイタで関西弁投げてくれるようになった話、めせめせがフリラのリハで一生喋ってる話をした。めせめせのこと共通の知り合いだと思ってるから、一生エピソードトークに事欠かなくて面白い。ぱちの返答から、ぱちも私のことよく喋るオタクだと思ってることを知って笑った。ぱちが喋らないから、こちらが頑張って喋ってるんですよ!気づいて!

周年の撮影会でメンバー全員とツーショ撮ったから、この日もぱち以外の4人のところを巡ってサイン集め。メンバー各々に最近めせめせの現場に出入りしてる話と、私がめせめせだと誰推しに見えるか調査をした。なるたいが→とみたけさん、ようた→ぷんさん、なぎ→のっくん で、なぎちゃんって天才。4人と話して、めせめせってやっぱりぱらとの間の共通言語なんだよなと思った。めせめせの今の活動を題材に、今後のぱらの活動について、メンバーと座談会させてほしい。

 

5/23:DD大運動会。ギャルチームでヒョウ柄着て、赤のキンブレ振りながらノクソさんのこと見てた。運動会のグループ分けを知ってから、ギャルに座るべきか王子に座るべきか、ず~~~っと逡巡してた。先に連番でギャルに決まってなかったら、自分じゃ決着つけられなかっただろうから、逆にむしろ良かった(?)。

最後のお手ふり、ぱち→とみたけさん→ぷんさん→ノクソさんの順に巡って来て、この短い尺の中でキンブレやタオルを持ち替えるのも、卑しくて嫌だなあと胃が痛かった。2人ともにかけ持ちバレてるのに、かけ持ち先でオタクしてるのは見られたくない複雑なオタク心。ああいう時こそ透明マントが必要だったな~(遠い目)。

 

 

3月~4月の一生ノクソさんと特典会してた期間から一変、この4月~5月はだいぶしっかりぱちと特典会した期間だった。5/9⑥のお話し会のことあんなに気にしてたけど、当日他の枠で4枚分会えたのと、GWのフリラで会える上限は会いに行ったおかげで、当日はぜんぜん⑥に行けないことが気にならなかった (さすがに気にはした方が良い)。

あいぽぷフリラがはじまって、もはや執着なのかもしれないけど ”自分が納得できる枚数特典券を買う" という掟を揺るがそうとは思わなかったあたり、まだぱち推しを降りる気はないんだな~と、自分の潜在意識を自覚させられた。

 

ぱちのパッションにしか興味がなくて、でかいライブ後だろうと伝えたいことが何もないと日々詰んでたから、年明け以降めせめせの話をするという解決策を見つけられてほ~んとに救われた。めせめせの現場であったことを「今度会ったらぱちに話そ!」と思ってるの、ママに話を聴いてもらいたい小学生みたいで我ながら愉快。このオタク、喜々として、ぱちに聴いてほしくてめせめせの話をしに行ってるから、ぱちはあきらめて形だけでも相づちを打っておいてほしい。

 

元々ぱち推しなのを知られてるノクソさんに、ぱらの今のこの状況で、『ぱらの現場優先して』って言われるのは百歩譲ってわかるけど、本現場のぱちにまでめせめせ現場を促されたのは笑った。相場こういう時って引き留めてくれるもんじゃないんか?奪い合ってほしいとは言わないけど、両者でオタクを譲り合うのだけはやめれます??となった。なんなら私、単推しのオタクより現場にいるのにな~~~?!。

 

4月~GWは行きたい現場にだいたい行けて良かった。5/17に亀戸に居たら数人に驚かれたんだけど、さすがに福岡フリラと亀戸フリラ天秤にかけたら、亀戸に居ます(さすがにね?)。

この間アリサマフェス、肉フェス、DDフリラとめせめせ現場もちゃんとあったのに、ノクソさんとぜんぜん対面で会ってなくて変な感じ。全握とハイタは毎回あったけど、名前忘れられてない以上でも以下でもなかったな~という。まあぷんさんにすべての注意を持っていかれたせいは大いにある。

 

来週の大阪でひと月半ぶりにノクソさんと1対1の特典会するの、すでに大緊張祭で死んでる。今回の大阪遠征、めせぱら地方かぶりしてるおかげで、めせめせツーショ①の前にぱらツーショ①を入れられる神スケで救われた。 ぱちで平常心を作って、全力現場まわしを送り出してもらって、人間の形を保ってノクソさんの前にお目見えしたい。華麗に現場まわしして、どうにか1日で5種の衣装と撮れるように走りきる誓い。

 

 

 

f:id:sgnari:20260522221028j:image肉フェスの会場にあった飾り

 

 

 

 

 

 

260412:Thanks you!キミと青森県

 

 

ひと月経つとすべてのことを忘れるという、痛いほどの実感をしてる中で書きはじめる青森記録。まぁサビは特典会のそれだから、それ以外はすべて助走だったと思おう。

 

小学生時代の大野担がオタクのはじまりなオタク。『ニッポンの嵐』で大野さんが行った、青森県立美術館にいつか行くというのは、15年前から積み残された最古のオタクタスクだった。今回47青森への参加が決まって、タイテ的にまわせそうなことをまず確認して。一緒に遠征するのが元二宮担のととめちゃんだから、これは断られないだろうと同行を打診した。(嵐のオタクやってたら、多少なりとも奈良美智に関心あるやろ…という)

青森県立美術館に行くことは決めてたけど、足について驚くほど何も考えてなくて。前日の夜になってととめちゃんがバスを調べ、岩手から青森への新幹線を予約してくれた、優しい。この段階で判明する、翌朝7時台の新幹線に乗らなきゃ間に合わないんじゃない?という事実。目的のためなら早起きできるオタクで助かった。

 

駅のニューデイズで朝ご飯の調達。岩手名物のフクダパンを最後の最後で回収できて良かった。ほんとにふかふかで美味しかったから、次があったら実店舗リベンジしたい。

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青森駅でスーツケースを預けて、バスで青森県立美術館へ。車窓があまりにもセピア色がかってて、このバスの行き先にほんとに美術館があるのか未知だった。しばらく黙って車窓を眺めてたのに、2人して同じタイミングでしーちゃんの話しようとして、「「し……」」ってハモったの面白かった。めせめせ47で遠く離れた地に来てても、ぱらのいつめんのことを考えてるの、仲良しで平和。

 

念願の青森県立美術館。スタッフがみんなミナのワンピース着てて可愛かった。

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特別展でシャガールがバレエ作品の背景絵画で描いた幕が飾られてたんだけど、これがとにかく大きくてすごかった。大きいって正義ってこのことだ??となった、大きいだけですごい。シャガールの作品なんて東京で何度も見たことあるのに、すごい見入っちゃったもんね。地方の美術館に来る価値ってこういうところにあるのかもしれない。

f:id:sgnari:20260520162445j:image大きさが伝わらない写真

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AtoZ caféもN‘sYardも行ってるくらいにはちゃんと各所に出向いてるから、ここに来てやっとあおもり犬を見られたの集大成みたいで嬉しかったなあ。

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下調べしなすぎてここで出会えると思ってなかった森ガール。小学生の時に実家の鍵につけてた森ガールの実物がこんなに大きかったなんて………って見た時思ったけど、よくよく思い返したら、ここまで大きくはない森ガールを、私はN‘s Yardで見てますね…?写真も記憶も抹消してたから、覚えてなくて当然だけど、すっっかり忘れてたことを思い出して頭を抱えた。でもN‘s Yardで見た時はこんなに感激した覚えないから、やっぱり大きいって正義なんだなあ。(あまりにも浅い感想文)

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青森県立美術館でもポストカード調達したから、早く再開した次の47でエピソードトークおてまみ書きたい。

 

またバスに乗って、お昼ご飯を求めて青森魚菜センターに。ただただととめちゃんの後をついて行っただけなのに、美味しい海鮮が食べられて神だった。

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ご飯を食べながら、駆け落ちをするなら寒い北の海か、暖かい南の海かって議論をした。私はそもそも寒いところ無理無理人間だから、寒い北の海に行くって選択肢が出た時点で、駆け落ちするのあきらめそう。せっかく駆け落ちするなら、私は暖かい場所に行きたいけど、皆さんはいかがですか?(唐突な語りかけ) 

駆け落ちの話をしながら、ぱらの新メンバーオーディションの話をした。私は駆け落ちって、この人を信じて着いて行きたいと思えるからこそ生まれる行動だと思っていて。だから今回のオーディション開催も賛否両論あるけど、残るメンバーがコレをグループとして幸せになれる最大限の可能性として選んだなら、行く先がどうであれ信じたいなと思っていて。幸せになれることを信じて突き進むしかないという意味では、このオーディションも駆け落ちみたいなもんかもなあって。駆け落ちだと思いはじめたら最後、オタクは推しメンを信じて腹括るしかないかあという気持ち。残り全部バケーションだしね。

 

お昼食べて2Lを求めて会場に向かったんだけど、外がほんと~~~に寒くて笑った。絶対に私は寒い海へは駆け落ちしたくないと、改めて確信した。隣のととめちゃんは駆け落ちモチベ募らせてハイテンションだったから、ほんとに私たちって真逆で面白い。

あまりの強風に物販のテントが飛ばされそうになってた。2Lのノクソさんの『リンゴが一番好きな果物』という文言に、生のリンゴ食べられないオタク「ちょっと待って?私のっくんちゃんと結婚出来ないじゃん⁈」と天を仰いだ。リンゴごときに阻まれる愛じゃ、到底駆け落ちはできない。

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会場目の前の海。47って、ほんとにこんなところに会場あるの?ってところに会場があって愉快。ほんとは灯台のあるところまで行きたかったけど、強風とタイムリミットで断念。

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開場までは観光物産館で時間をつぶした。さすがに青森に来たんだからリンゴ食べておいた方が良いやろって食べたアップルパイ。加熱したリンゴは美味しく食べられてにっこり。

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海風にさらされながらライブハウスの前の駐車場で整列した。この日もまあまあそこそこ遅番。早く私も盛れミをやれる人生を手に入れたい。

📍青森Quarter

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ととめちゃんと整番離れてたのに、運良くななめ連番出来て喜んだ。岩手・青森・新潟、一緒に遠征してるのに単番×2なの一生おかしい。次からは手間を忘れてちゃんと連番しようね。開演前は、野崎聖誕で野崎さんとこむしまにプリ戦やってほしいって話をしてた気がする

青森公演のパフォーマンスの記憶は見事に何もない。サクラサクラブを、これが今季見納めだなと思って見てたくらい。こんなに何も記憶がないのに、どこでレスされたとかそういう記憶はあるの、ほんと~に卑しくて嫌。見つけてもらえなかった時を想像して胃痛を抱えるのも、レスされた部分の記憶しか残ってない自分に嫌気がさすのも醜いから、今後は透明マントをかぶって公演を観たい。

前日の岩手公演の後、みんなで青森に移動してきて、着いた途端すごい雨に降られた話。ホテルについてタクシー降りようとしたら、今度は雹に降られて大騒ぎした。夕飯を食べに出た時もホテルから出た時は降ってなかったのに、すぐに大雨が降って来て大変だった。雨に降られたとみたけさんが店に入ったら『“こんな顔”した野崎さんがいた』と顔真似。それに対して『入口に背中向けてたんだから見えるわけないだろ』の野崎さんと、『顔が見えなくてもどんな顔してたかぐらいわかる!』とみたけさんの小競り合い。顔が見えてなくてもどんな顔してるかわかる証明?に、どんな顔してるでしょうクイズ。出題者とみたけさん(?)、ぷんさん、ノクソさん。3者3様にお決まりの変顔してて(百万が一、あれはキメ顔だったのかもという気もして来たけど)、回答者の4人も顔見えてないのに見事に同じ変顔しててすごかった。いつも見てるだけあって、その顔に入る前の肩の上がり方とかでどんな顔してるかわかるよ~という話をしてた。

青森では朝活してねぶたを見に行けたとみたけさんの話。

とみたけさんソロ『Crazy Jupiter』、これにて全員分の惑星ソロ回収の話。

ねぶた仕様のポストくん。この公演が前半ブロックラストだから、とりあえずこのポストくんのお役目はここまで、とだいぶ派手にねぶた仕様に改修されたポストくん。まだ本日分のおてまみを鍵に代える前に天に昇るポストくんと、代わりに自らが鍵を生み出すとみたけさん。白い衣装が汚れてないかみたいな、いつもの男子小学生ネタをやっていた気がする。

あとどこかのMCで『ありがとう!』って言ったぷんさんのイントネーションがぱっちで、公演中なのにととめちゃんと顔見合わせて「今のはぱっち」と、分かち合ったの面白かった。

青森公演あまりにも記憶がなくて、やっぱり記録は記憶のあるうちに書かなきゃいけないという重い教訓。次のクールはもっと頑張りたい気持ち。

 

会場出てすぐに特典会列に整列。あおクソ㌠の列隣で、ずっと喋りながら待てて楽しかった。①ノクソさん4枚、②ぷんさん1枚、ノクソさん3枚。

①ととめちゃんと一緒に並んでたからほぼ列の進みが同じで、ちゃんと目合うくらい、しっかり物販監視されながら特典会したのウケた。ととめちゃん曰く「のっくんちゃんとも目合った!」そうで、今度は手降って、のっくんちゃんと2人で整列してるととめちゃんを見るねという話をした。

①の後、新幹線で帰るととめちゃんを青森駅にお見送り。改札前にあった青森駅55周年のパネルの前で、この遠征はじめてのツーショを撮った。オタクになってから(ずっとオタクだけど)、シャッター押してくれそうな人を探して声かけるみたいな、何気ないコミュ力が爆上がりしたな~と自分に謎の成長を感じた。

 

1人で会場に戻って来て②のぷんさん。岩手の帰り道に、自分が不在のあおいソロの公演で『Pumping』(なぎソロ)が来たらこわいという話をととめちゃんがしてて。私はとみたみ㌠がDDの中で一番萌えるから、『メゾネットラブ』が見たいって流れから、だとしたらぷんさんの『らびゅやで』も可能性としてなくないんじゃないかという話になって。ぱっちのオタクで、ぷんさんの特典会には関西弁を浴びに来てると思われてるから、これ幸いとソロで『らびゅやで』をやって欲しい話をした。面白がってもらえて、こちらが面白かった。

②のノクソさんからは、例の『今はぱらの現場を優先した方が良いんじゃない?』を放たれた。ここから5月末の大阪まで、全握とハイタ以外でノクソさんと関わる機会なくて、4月末~5月がぱち接触強化月間じゃなったらもっと気持ちぽっかりしてたかも。

青森からの帰りは特典会①で切り上げてれば新幹線で帰れたけど、行けるのに行かないができなくて②まで特典券取った結果、20時青森駅発のヤコバでエクストリーム出勤することに。(調べた中だと多分、仙台どまりの最終の新幹線で仙台まで行って、ヤコバ乗り換えが1番遅くまで粘れそうだった) 絶対に20時に青森駅に居なきゃいけないのに、チャレンジャーだから2人分特典券持ってて肝が冷えた。都合よく『もう帰るの?』って訊いてくれたノクソさんに、返されたスマホ見せて「今19時41分なんですけど、20時のヤコバ乗らなきゃいけないんですよね~」のオタク。ノクソさんも心底肝が冷えたと思う(にっこり)。

 

会場から青森駅までとりあえず走って、スーツケース回収して、無事出発10分前に停留所到着。いつもぎり生きで、瞬足を勧められがちの私でも、さすがにこのタイテはヒリヒリした🎶青森の特典会は①も②も推しメンに気遣わせたな~~~という反省が大きくて、ぷんさんと特典会してなかったら、あのまま青森の海に沈んでたかも。ぷんさんにはほんとに頭があがらない。

 

47っておしゃべりも、観光も、ライブも、MCも、特典会もあって、1日であらゆる種類の感情を経験できるから改めて面白い。ふだん行かない土地に行くからこそ、公演以外もメンバーと同じ体験をしたり、同じご当地グルメを食べたり、同じ思い出が作れてるみたいで、主要都市をまわるツアーより特別感を感じる。寝台列車に乗るとか、青森からヤコバで帰るとか、1人で沖縄に行くとか。47がなかったら絶対しない経験を出来てるのが嬉しい。稼働オタク歴が長くなって、遠征先をちゃんと楽しむって機会が少なくなってたから、各地をめぐる楽しさを実感できてほんとに貴重な体験だなあとふり返って改めて思った。

新たに申し込みがはじまる第4段以降も、行ける限り行ってたくさん思い出作りたいな〜。次回クールこそは覚えてるうちに記録を書く!誓い!(私へ 言いましたよ)

 

 

 

 

260411:Thanks you!キミと岩手県

 

 

青森の特典会のことを考えていたせいで、なかなか手がつかずにいた遠征記録。気づいたらあんなに気を揉んでいたGWのDDフリラすら終わっており、47岩手・青森なんて遠い記憶。でもさすがに岩手での新ビジュとソロのことを書いておかないわけにはいかないから、どうにかこうにか重い腰を上げようとしている。両日ともなんかずっとふわふわした気持ちで見ていたうえに、こんなに時間が経ってしまったから、ほんとにただの旅ブログでしかない。

 

岩手への足は、11月の防衛隊フリラ大阪ぶりに夜行バスを使った。意図せず3列のふかふかシートで、途中休憩で起きることもなく岩手にたどり着いた。5時30分の盛岡駅、マクドナルドすら開いてない静寂の街。駅前でセルフカフェなるスポットを発見し、同じく夜行バスで岩手へ向かってるととめちゃんの到着を待った。

2週間前に47高知・愛媛に行った時は、まだなぎの卒業が発表される前だった。愛媛から帰って来て、「また2週間後岩手でね!」ってととめちゃんと別れたのに、その2日後にあったなぎの卒業発表がビッグサプライズすぎて、3日と経たないうちに退勤後の池袋で再会してた。そう、だから、なぎの卒業の話はしたんだけど、してないみたいな状況で。事前に調べていた温泉に向かうために、まだ陽も昇りきらない川沿いを歩きながら、なぎの卒業の話をした。

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夜行バス明けはだいたいいつも温泉に立ち寄る。いつも1人でしてたこのルーティンを、この旅では共有する相手がいて良かった。ひんやりした東北の朝の空気の中、ゆっくり温泉に浸かって、このあと47が控えてるなんてもはや忘れていた。

 

温泉の近くにあるカフェで朝ごはんを食べた。岩手で出すおてまみを書いて、またなぎの卒業の話をした。なぎの卒業後の未来を見てるぱちのオタクと、推しメンであるなぎの卒業が決まってるととめちゃんが、たんたんとなぎの卒業の話をしながら、このあと見るめせめせ47を心待ちにしてるのは、なんだか不思議な状況だった。

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岩手の街並みは駅前から一本入ると、ホテルもお店もどこかレトロだった。”モア”って見つけると、めせもあだ!ってテンションが上がるオタク、非常に単純。

 

お昼ご飯は岩手と言ったら冷麺でしょ、と最大手に訪れた。並んでたわりにすぐに通してもらえてラッキー。冷たい麺料理苦手族だけど、最後まで美味しく食べきれてホッとした。せっかく焼肉屋に来たんだからと、しっかり焼肉も食べたの、食に貪欲な私たちらしくてとても良かった。

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腹を満たして会場に向かったら、なんだかんだ開場時間まであと45分みたいな時間で驚いた。お手紙BOXもいったん回収されたあとの、最初の1枚だった。

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時間がないなりに、時間を有意義に使おうと、石割さくらを見に行った。サクラサクラブが大好きで、この47遠征中、何度も街中を歩きながらサクラサクラブを歌った。雨に打たれる桜を見ながら、またサクラサクラブを歌って、なんで今日はサクラサクラブを見られないんだろうって話をしてた。

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岩手の会場はここまで参加して来た会場の中で、はじめて待機場所がない感じのライブハウスだった。よりによって雨の中、整理番号順に歩道に並ばされるオタクたち。ソロの日だから、紫の民が心なしか多かった。ソロがどうとか考えず、当たった会場にいるオタク。毎度そこに来てはじめて誰のソロ日なのか把握してる。

先に入場したととめちゃんから、会場内ぎゅうぎゅうで入りきってない連絡をもらっての入場。ソロでこれだけ紫のオタクいるってことは上手側は混んでるんだろうな~と、珍しく下手側に場所取り。下手サイドはスペースこそあるけど完全にステージが見切れるみたいなデッドスペースもあって、会場にオタク入りきりこそしてたけど、ステージが見えてないオタクもたくさんいたんじゃないかな~。

📍岩手CLUB CHANGE WAVE

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いつもの機内アナウンスのあと、メンバー上手側から登場。ちゃんとライトが当たる前から察するノクソさんの短髪ビジュ。最高が目に見えて、早々に変な声が出た。

いつも通りにはじまるスイートホーム。何度も観てるはずなのに、ぜんぜん見え方が違って不思議。ほんとにほんとに可愛いすぎて、可愛い~~~と終始頭を抱えていた。単純にステージまで遠かったし、下手だったし、ノクソさんのビジュが最高だったという記憶しかなくておしまい。

ハネMOONロケット終わり、ノクソさんソロ。ホワイベのぐだぐだFlower windが一生記憶に新しいオタク、そもそもノクソさんの中のソロの選択肢って既存の持ち曲しかないと思っていて。だからスタンバイでマイクを置いた時、エーー!おどみたなんや!ってそれだけで驚き。でもまあニコ動もハロプロも通ってないから、きっと絶対知らない曲なんだろうな~と、あのイントロがかかるまでの数秒に思っていて。なのに聴こえてきた音は、聴き馴染みのある流行りの音。あまりの想定外選曲にどよめいた会場、ほんとにあの場に居合わせられて良かった。(そういうこと書くと、後の自分の首を絞めるからやめなよ)

ノクソさんってふだんあんなにボケたおしてるのに、こと自分ひとりが注目されるとなるとぜんぜん頑張れないじゃないですか。だから今回も流行りの曲を汗かかずこなすみたいな、そういう時間になるのかと思ってた。ふたを開けてみたら、そこには全力アイドルやり切るノクソさんがいて。歌詞とか把握してないし、『爆裂愛してる』に流行ってること以上の知識も思い入れもないんだけど。なんかノクソさんが恥を捨てて、全力のパフォーマンスを見せてくれたという、ただ一点に感動してしまって。可愛い嬉しい大好きが爆湧きしてしまったよね…。今回の選曲にたぶんノクソさん自身も流行ってるから以上の思い入れはなくて。でもだからこそ、この選曲って見るオタクたちを喜ばせたい由来の選曲なんだろうな~と思えて、なんかすごい嬉しかった。

MCで何話してたかなんて、当たり前に覚えてなさすぎる。でもこのソロのあとのMCでは、ノクソさんがメンバーから口々に褒められてて。『まさかこの曲を一番最初にカバーするのがのっくんなんて思わなかったよね~!』と言われてた。ソロ曲で何をやるか提出しなきゃいけない日が決まってて、提出前に『これ行けるかな?』ってぷんさんに相談したノクソさんと、『まだ3週間くらいあるからぜんぜん行けるよ~』って後押ししてくれたぷんさんの話。ほんとにほんとに大感謝。

朝寝坊して、ついにVlogの素材撮影に行きそびれたとみたけさん。前日が遅くて、朝起きて絶望した話。あおいさんに撮ってもらって、どうにか岩手分の素材の撮影はした。『逆に珍しくとみたんの顔の出演があるから、みんな喜んで!』ってあおいさんが言ってた。前日遅くに岩手に着いて、お店がどこも閉まってる中、ぜったい岩手グルメを食べてやる!と思って、開いてたじゃじゃ麵のお店に入ったとみたけさん。そのお店には締めのチータン用の卵が置いてあって、食べ終わってそれを注文してみたは良いものの、店員さんが何も教えてくれず。横の人を見てたら調味料を入れて混ぜたりとか、どうやらお作法があるようだ…ってことで、店員さんに訊いて作ったチータン。この世にこんなに優しい味があるのか…というくらい優しい味の卵スープで、すごくおいしかったとのこと。

北海道の修学旅行は東北に来る話。とみたけさんの座禅の話を『前回の47のMCでもしてたよな~』ってすごい記憶力のノクソさん。素行の良い学校じゃないと複数県(?)行けなくて、とみたけさんの中学は岩手しか行けなかったみたいな話をしてる中、『ウチは他のところにも行ったよ』って、あんに自分の中学が品行方正だったことをほのめかす野崎さん。

わんこそばポストくんを楽屋にあったティッシュを使って作った話。

短髪白衣装でDreaming of you踊るノクソさんが格好良すぎて、めせめせってディズニープリンスだったんだ?と思わされた。あと100回観たい。

楽観烈波は野崎さんの叫びが終わる前にイントロ。野崎さん以外のメンバーも準備出来てない!ってバタバタしていた記憶。

 

この日は会場の大きさのわりに遠かったからか、なんか一歩引いた目で公演を見てて。今回のセトリのノクソさんの立ち位置って、やっぱり上手が多いんだよな~と思いながら、数少ない下手に留まる時間を見てたんだけど。きっと下手に紫が少ないから、なおさら丁寧に伸びたりしゃがんだりしながら紫を探してて。ノクソさんのそういうところ、大好きだけど大嫌いだな~と思って頭抱えた。

私って常に石橋をたたき割りたいぐらいオタクとして臆病で、見つけてもらえなかった時傷つきたくないから、ファンサうちわとかも持ちたくなくて。そういうオタクの推しメンとしてのノクソさんって、ちょっとマメすぎるというか。ふだん立ち位置の多い上手に入ることが多いから、上手に居たらそりゃ視界に入るし、見つけてもらえるだろ(傲慢すぎなんだけど)と思ってたけど。ノクソさんってだからこそ下手で、1つ残らず紫を探してるんだよねえ。あんなにちゃんと自分のオタクを探してるのを実感してしまったら、逆に見つけてもらえなかった時に傷つくじゃないですか…、という。あまりにも丁寧すぎるノクソさんを見て、ワ~~~私ってやっぱりノクソさん単推しにはなれないんだよな、早くぱちぱちでバランスとらなきゃ!と思わされてる究極の矛盾。ほんと~に勝手で厄介なオタクで、滅!

 

遅番だったから早々に会場を出て、特典会のために防風雨の中、会場前に整列。風に吹かれながら、傘さして顔作り直したの大道芸すぎた。この日のスタッフさんが不慣れで、とみたけさんのこと“とみさん”って呼んだり、ノクソさんのこと“ノックン”って呼んでたり、大真面目なだけにすごい面白かった。

特典会は①ノクソさん3枚、ぷんさん1枚、②ノクソさん2枚。ノクソさんにはとにかく髪が短くて可愛い~~~!という話をした。髪切りすぎたって恥ずかしがってるの可愛かったし、散髪翌日の刈られたてほやほやが見られたの貴重体験で嬉しかった。

この岩手・青森でぷんさんの撮影券持ってるのをすっかり忘れてて、遠征に名札持ってくるのを忘れたオタク。まあ顔ぐらいは覚えられてるやろ…と大見得切っていったら、チェキスタさんから返されたスマホ見て、『あ~そうや!ぱっちの子!いつもこのスマホケース見て思い出すんよ!』ってすべてがつながった顔されてにっこり。この日の特典会は、ぷんさんから『関西人並みによく喋るよな』って言われたのがとくに面白かった。私って1年半前まで接触現場絶拒オタクだったはずなのに、ここに来てDDの総監督に何を言われてるんですか?という。でもよく考えたらぷんさんのところ行く時って、推しメンに会う前みたいな緊張してないし、失敗したらどうしようとか、可愛く見られたいみたいな気持ちが一切なくて、あまりにも自然体なんだよねえ。なんかこの肩の力抜いた関わり方が推しメンで出来ると良いのにと思うけど、なかなかそれって難しいんだよなあと思わされた。

 

特典会終わり腹ぺこの私たち。せっかく47に来てるならご当地もの食べたいよね~と、お店探し。もうこの47旅で自分たちのことを熟知してるから、徒歩15分はとりあえず歩いてみようの範疇という共通認識。お互いの特典会での話をしながら、夕飯を求めて散歩。

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刺身もひっつみも美味しかったし大正解だった。ぱら周年のグッズがこの時公開されて、コレは買うコレは買わないという話をしてた。両面アクスタあんなにいらないって言ってたのに結局買ってるし、5月の現場で使いたおしてるの非常に愉快。

 

私たちと47と言ったら深夜のケーキでしょ…ということで、岩手でもちゃんとケーキ屋を探した。ケーキ屋に向かう道中の夜桜。

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この桜が咲く47期間中に「桜ってきれいだと思いますか?」って何度もノクソさんに訊こうと思ったのに、結局訊けずじまいなことを、桜を見ながらととめちゃんと話した。47前半の思い出には昼でも夜でもどこかに桜があって、桜を見かけるたびにサクラサクラブを歌ってて。たぶん今後はサクラサクラブを聴くたびに、各地を歩いたことを思い出すんだろうなあと思うと、ほんとに47って不思議で尊い。

 

閉店してるみたいな真っ暗な店内なのに、カフェ利用のお客さんもいた変なケーキ屋。ステンドグラスがレトロできれいだった。

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ケーキ屋から帰ってきながらその日の歩数を確認して、高知の時が4万歩だったから、今日はぜんぜん歩数足りてないねって話をした。でも今見返したら3万歩は歩いてたみたいだから、ちょっと私たちのお散歩欲がカンストしてただけだったかも。

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ケーキを食べながら翌日出すおてまみを書いた。春に参加する47はこれが最後になっちゃうから、せっかくならと一番春らしいポストカードを選んだ。47で出すお手紙は特別なタイミングじゃないからこそ、特典会でも話さないようなどうでもいいことを書いてる。たぶんこの日は短髪が嬉しかったことと、冷麺をはじめて食べたことを書いた。5月に入ってからのぱち特典会で「ママ聴いて」みたいな気持ちになってるの、なんかこの47のお手紙のせいかもしれない。そのうち前髪切りすぎた話とか、歩きすぎて筋肉痛の話とか推しメンにし出しそう。

私がお手紙を書いてだらだらしてるうちに、横でととめちゃんが粛々と翌日の交通機関を調べてくれてて、ほんとにほんとにほんとに大感謝。どこにでもソロ遠征する民だから基本的に自分で出来ないことないのに、ととめちゃんもぱらで連番してるおゆちゃんも、私が何かする前に先回りして調べてくれてるのシゴデキすぎて毎度頭があがらないです。\ いつもありがとう!/

 

 

あまりにも記憶がなくて、書けることなさすぎたけど、思い返して47楽しかったな~って実感してるから(まだ終わってません)、早く次のクールはじまってほしいなあ。青森も書けることなんて大してないけど、とりあえず書いたという記録を残しておきたい気持ちだけはある。