読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

ドラマ

 

 

 

2017年4月15日、

戸塚担になってちょうど9か月目の日、戸塚祥太主演舞台『Defiled』をDDD青山クロスシアターに観劇しに行った。

 

 

去年寝取られをやって居る最後の数日くらいに戸塚さんへの興味が傾いた。今舞台やってるんだ!見に行きたいなと思ったけど予定もあったし見に行くことはできなかった。だからABC座とジャニーズオールスターズアイランドはあったものの戸塚さんの1人で挑むお芝居、舞台というものに向き合うのはこの日が初めてだった。

 

観に行った人たちがしんどいという感想をめちゃくちゃ抱いて居るのは知っていた。だけどネタバレを見るのは怖いし、自分が戸塚さんのお芝居を観て何らかを感じることへのバイアスがかかってしまうのではないかと思って感想ブログなどは読まなかった。その日から今日に至るまで私もしんどいけどこのしんどいが周りの皆んなが抱いて居るものと同じなのかは分からない。このブログを書き終えて自分の中で整理がついたら答え合わせをすると思う。

 

 

戸塚さんは自尊心が低い、それはほんとに低いのかもしれないしいつまでも低いように見せてるだけなのかもしれない、いちファンである私には知る由もない。

 

私は好きになってすぐに発売されたA.B.C-Zの3rdアルバムSTAR LINEに収録された戸塚さんのソロ曲Vを聴いて堪らなくしんどくなった。それは戸塚さんが自分の立つステージを華やかじゃない位置と表現したから。前に書いたブログではそれは今のことか昔のことか分からないけどと書いたがそれは今尚戸塚さんが葛藤して、思ってることなんじゃないかなとDefiledを観劇した後の私は思う。

 

 

戸塚さんがこのDefiledをやるにあたってJMovieMagazineでこんなことを言っていた。

 

“自分も愛してあげなくちゃいけないとは思っていますが、嫌いだし、でも好きだし。自分のことを信じているけど、疑ってもいる。常に矛盾(笑)だから人の意見を尊重したいしそのバランスとして、僕には芝居がある。好きな芝居を思いっきりやれることで、僕は満足できるんです。”

 

私も自尊心の低い人間だから自分を嫌いな気持ちと同時に自分を愛してやらなきゃという気持ちがある。それは周りが自分を認めてくれないなら自分くらい自分を認めてあげなきゃ私自身が可哀想だと感じるから。

 

戸塚さんのこの自分のことを嫌いだけど好き、という発言が同じことだとは思わないが同じような要素はあるのではないかと思う。そして、戸塚さんはその気持ちのバランスを取るために演技をすると言う。戸塚さんのお芝居が戸塚さん自身の中で大きな存在なことは理解していたがそう言うことだったのか、と感じた。

 

観劇後帰りの電車で2ndアルバム、A.BSea Market内の戸塚さんのソロ曲ドラマを何とは無しに聴いた。

 

"「どうせ僕 なんてまぁ」ハート凍っていて  眼差しは鈍ってる ウソのような今日 みっともないスピードで ただ漂っているよ"

 

あ、これ戸塚さん本人のことだ、。と歌い出しを聴いて思った。

 

ドラマは戸塚さんが描いて歌ったソロ曲であるから当然今まで聴き込んではいた。しかし、いかんせんこのアルバムは私が好きになる前に発売されたものだったから担当のソロ曲といえど深く考えたことはなかった。だけど改めて聴き込めば聴き込むほどこれは戸塚さんのことだと思わされる。だから自分の気持ちを整理するのも兼ねてこのソロ曲"ドラマ"について考えたい。

 

 

まず、歌い出しだが、「どうせ僕 なんてまぁ」と戸塚さんは自分自身に対して少なからず思っているように見える。これを断言出来るのは他人を受け入れることを重視して、自分を押し付けることをしない戸塚さんを知っているから。

 

ハートが凍っていて、眼差しが鈍っているのも自分に自信がない戸塚さんの姿なんだと感じる。他のメンバーはデビュー出来ると信じ続けていた戸塚さんはその中にいる自分をみっともないスピードで漂ってる、と思っていたかもしれない。最初のフレーズの各々は戸塚さんの過去から現状を具現化した言葉だと思った。

 

また次に来る、

"それでもさ 握ってる 紙切れだけを 記された 熱を見て 思い出せるかい めいっぱい 膨らませ 夢希望 憧れを 幾重にも 詰め込んだ 風船を"

 

ここで握ってるいる紙切れは戸塚さんが主演を務める舞台の台本だと思った。発売直後にこの'紙切れ'について本人はみんながそれぞれ持ってる夢が記されたもの、と言っていたようだけれど戸塚さんにとっては自分を肯定するためのお芝居に、なくてはならない台本だと私は理解した。

 

特に昨年まで戸塚さんが錦織さんとタッグを組んで行なっていたつか作品では台本が千秋楽まで紙で渡され更新・更新されていき、最後に本の形となった台本が渡されていたという話を聞いた。そしてその再度の更新には尊敬する先輩である錦織さんの熱が込められていただろうし、それを見たお芝居で闘いたいと思っている戸塚さんは自分を浮上させなければともがく気持ちが生まれていたのではないかと思う。

 

深読みすれば何か意味があるのかもしれないが"めいっぱい膨らませ 夢希望 憧れを 幾重にも 詰め込んだ 風船を"はここでは単純に戸塚さんで言うお芝居の仕事やA.B.C-Zとして売れること、という夢や希望・憧れを'風船'に例え膨らませて膨らませて思いを大きくするということで、サビにつながるフレーズになっていると見る。

 


"空に向け 放してく 放してく集めた瞬きを 散らしてく 散らしてく知ってた 方角へ 純粋なブルーが まっすぐに君へ 届いたら 届いたら" である。

 

先ほど膨らませた'風船'と例えられた夢や希望・憧れをここでは広い空へと放ち、またファン(応援してくれる人?)からの夢や希望・憧れという名の瞬きを散らしている、というふうに綺麗事だが思い込める。サビに関してはより一般化したことを言う必要から抽象的な言葉遣いがなされたのかなと感じたが、この小説のような言葉回しも戸塚さんらしいなと改めて口角が上がる。

 

 

2番の頭からは再び具体的な内容が歌詞になっている。1番の歌い出しに次いで私がこのドラマを戸塚さんのことだと感じたのが以下のフレーズである。


"作り物 事実無根 知ったことか 受け取ったバトン一つ 握りしめただけ 沈む陽か 昇る陽か 目にしたら 分かるから さよならは 言わないで 待っていて"

 

この"作り物事実無根知ったことか"と言うのは戸塚さんのお芝居に対する周りからの評価について本人が強く出た・闘ったものに私は見えた。また1番で'それでも握っていた紙切れ'同様、ここで受け取った'バトン'も錦織さんから(又はジャニーさんから?)託された台本なのではないかと思った。

 

このドラマを歌った年の年明けに戸塚さんは雑誌ダヴィンチでの連載を閉じ、歌に踊りにお芝居に浸かると宣言した。とりわけお芝居にはのめり込み舞台にも映画にも挑戦したいと言い切っている。

 

正にこのドラマを描き、歌った頃戸塚さんは書くことと歌い踊りお芝居することの中でもがいていたわけである。しかし、"沈む日か 昇る日か 目にしたら 分かるから"というフレーズからも取れるように戸塚さんはこれを書いた時点でお芝居を何よりの優先順位のものにしてるようだし、それを選択することが間違っていないということも自覚出来ていたのではないかと思える。また、"さよならは 言わないで 待っていて"それは書くことを一度置くことに決めた戸塚さんなりの言葉だったのではないかとも取れる。

 

そして、"だからこそ 燃やしてく 燃やしてく それしかないからさ もがいてく もがいてく 転んで立ち上がれ 消えていく星の 流線を君も 見ていたら 見ていたら"であるが、書くことを置くことに決めたからには歌や踊り、とりわけお芝居に対する熱をさらに燃やさなければならない。置くことに決めきれているかわからない当時の状況では、それでももがいて転んでも立ち上がってお芝居にすがりつくしかない、そんな風に思っていたのではないかとしがないファン目線からそう思った。そしてお芝居を選んだことでチャンスや希望という'流れ星'は目の前を流れて消えていく。しかし、それを見逃すことが今の自分には必要であって、それをファンのみんなも見ているよね?と同じ目線で闘ってくれるからこその歌詞だったのではないのかなと思った。

 

"恥ずかしいほどに助走をとったら もう今が さあ今が来ている 磔にしてた 好きの炎 身にまとい 戦うよ"ここでは長すぎたJr.時代という助走、その中でデビューしお芝居と闘える準備が出来た自分に気がつけているから、本を読み映画を見準備して来たこれまでを背負い闘うと宣言しているように見えた。

 

"「どうせ僕なんてまあ」もう言えない 星の 眩さが照らすから"

 

たくさんの輝ける選択肢の中から取捨選択をしお芝居を選んだ戸塚さん。それは「どうせ僕なんてまあ」と謙遜し後ずさることが出来ない状況に戸塚さんの身を置いた。何故なら戸塚さんはお芝居という星に照らされているから。そしてその光に照らされていることで戸塚さんは自尊心を維持しているから。

 

 

戸塚さんは闘っている。もがいている。特にこのドラマに関して私がそう感じているのはアリサマコンのDVDに収録されたドラマで戸塚さんが吠えていたから。このブログについて考えるまでは奇行と呼ばれるとこもあるのが戸塚さんだからね、と特に考えていなかった。だけどこれについて考えてからは戸塚さんの生きてる証だなと感じてしまってあの吠えがないドラマは物足りない。

 

戸塚さんのきれいな姿だけが見たい人にしたら吠えないできれいに歌い上げる映像が残った方が良かったのかもしれない。だけど後からファンになった身としてはあれが、当時今をもがいて生きていた戸塚さんの姿が映像に残って本当に良かった。

 

お芝居は、戸塚さんの生き方。それを戸塚さんが選んだ瞬間をリアルタイムに見ることは出来なかったけれどその過程を残してくれて一緒に今を未来を考えられるのは最高だ。

 

 

 

 

下書きを書き終えぬままDefiled千穐楽を迎えてしまった。戸塚さん勝村さんほんとうにお疲れ様でした。

 

 

福岡公演前日、戸塚さんは伝打伝助を介してひとつのお芝居に区切りをつける寂しさや心細さを語った。そして、演劇ってなんだろう・演劇を続けようと自問自答をしていた。

 

福岡初日、戸塚さんは目に涙を浮かべ汗をだらだらと流しハリー・メンデルソンを演じた。ハリーと離れることに心細さを感じている戸塚さんと、戸塚さんの中から今か今かと解放の瞬間を待っているハリー・メンデルソンが闘っていた。

 

千穐楽、戸塚さんは前日のような大量の汗も明らかに泣いたことがわかるような赤い目涙目もしていなかった。舞台終盤、勝村さん演じるブライアンの家のガレージにカード目録を置いておけば大丈夫だからと説得されるハリー。納得し握手・抱擁を交わすハリーとブライアン。私が見た限りその抱擁のタイミングでその日戸塚さんでありハリーは初めて涙を流した。

 

ハリーが何故こんなに強くカード目録に執着するのか分からなかった戸塚さん。ハリーの気持ちを理解するためにジャニウェブの更新も外食も遠ざけた戸塚さん。ハリーのことを考えて考えて考えた戸塚さん。数か月の戸塚さんとハリーの生活であり闘いが終わった。

 

 

カーテンコールで登場した戸塚さんは晴れやかな顔でいつも私たちに見せてくれる可愛い猫髭スマイルで微笑んでいた。

 

3度目のカーテンコールで勝村さんに促され挨拶をした。「どんな形になるかわかりませんが、またどこかでお会いしましょう」私たちがまたどこかで会うことになるのはハリーなのか戸塚さんなのか。にこにこと笑う戸塚さんがそう言うのだからハリーと戸塚さんは和解できたのであろうか。  

 

5回目のカーテンコール、Tシャツの血糊を指差して「明太子です!」と笑う戸塚さんを見て、何にしても戸塚さんが、戸塚祥太さんが私たちの元に戻ってきてくれて良かったと心が解けた。ハリーであった瞬間もどこかに行ってしまっていたわけではなかったけれど、'戸塚さんでありハリー'であった状況だった気がしていた。戸塚さんはハリーがいなくなってしまって寂しいかな。ハリーは私たちの心の図書館でいつまでも生き続けるから大丈夫、きっと。

 

 

 "空に向け 放してく 放してく 集めた瞬きを 散らしてく 散らしてく知ってた 方角へ 純粋なブルーが まっすぐに君へ 届いたら 届いたら"

 

 

 

 

結局私は初めて目の当たりにする戸塚さんの闘う姿に充てられてDifiledという作品についてまで考えが及ばなかった。戸塚さんがもがいてもがいたお芝居について考えてしまったらそれまでだった。福岡から東京に帰って来るまでの間に皆んながしんどいと感じた理由についても考えたからそれはまたない語彙力を振るって記事にするかな…。

 

 

私は飄々としていてお馬鹿で可愛い自担が好きだ。それなのに今回のDifiledでは自担である戸塚さんが努力?して闘ってという姿をありありと感じてしんどくなってしまった。これが自担の生き方なのか。好きになって約1年、やっと戸塚さんと向き合えた気がする。Vを聴いて戸塚さんの立つステージを'華やかな位置'にしたいと思った私はもちろん今後もその場所を支えられるように応援していきたいなと思う。

 

Difiledを観られて、戸塚さんのことを考えられて幸せだな。歌に踊りにお芝居に、戸塚さんの未来が、膨らませた'風船'が遠く遠くへ飛んでいけますように。

 

 

 

 

 

36歳、改めて



2016年11月26日


半年前まで我が自担だった大野智さん、
36歳の誕生日おめでとうございます。

大野さんのお母さん、
いつも産んでくれてありがとう。



この記事は昨年同時期に大野さんから降りようと決意した時期に書いて、結局降りられなくて放置されていた下書きに基づいて書きました。約半年前突然降りる予定のなかったところに堕ちて曖昧になっていたので改めてここに記しておこうと思います。2015年の例のスキャンダルのこと等書いてあるので気になる方はお戻りください。



*
降りる降りる詐欺が日常でしたが、ほんとに担降りしました。2016年7月、担降りする予定のなかった人に。



大野さん、
私が大野さんを好きになったのは小学3年生の終わりだか小学4年生の始まりだかの頃でした。2006年、嵐が5月に"きっと大丈夫"を発売した年です。

好きになったのにドラマを見たから、とか明確な理由はありません。健全な小学生だったのでメディアの情報には疎く土9くらいしかドラマは見たことがありませんでした。そんな私が嵐を大野さんを好きになったのは流れ、でした。

毎月小学館から発売されている小学○年生を購読していました。嵐は定期的に特集されていてメディアに疎い私でも名前くらいならうっすらと分かるというレベルでした。周りの友達と、この中なら誰が好き?という話の中で写真でしか知らない大野さんを何となくこの人が良いと言っていました。

小3の終わりに引っ越しをし、家にケーブルテレビがやって来ました。音楽専門番組のランキングを毎週永遠と見ているような小学生でした。そこで嵐のPV、"瞳の中のGalaxy"や"WISH"を見ました。おそらくそれらが私が見た動く嵐の初めてでした。名前くらいなら知っている嵐に色が付きました。

始まりはこんな何となくの連続でした。嵐を好きになったのも大野さんを好きになったのも何となく、です。何となくで10年嵐ファンをやっていました。

好きでいるうちに好きの理由を探していました。大野さんは非常にお顔が可愛いです。歌が上手くて踊りもするすると踊れます。バラエティでの発言は少ないけれどここぞという時は面白いことを言えます。お芝居だって人並みにできるし何より芸術、美術という面でジャニーズの新たな道を拓いたのではないかと思います。大野さんには分かりやすく素敵だと思える才能がたくさんあります。私も自担が他のタレントより優れているモノがあることは嬉しいと思うし自慢だと思います。しかし、私が何より大野さんのことを好きだと思っていたのはこういった才能がありながらも驕らず、自分の面白いと思う道だけを進める謙虚な態度でした。

昨年の秋に起こったスキャンダルの後、いろいろと考えました。アイドルだから恋愛をしたらいけないとは思っていません。けれど人間として、多くのファンを抱えるアイドルとして考えて行動しなければいけない部分はあると思いました。私はそのアイドルとしての自覚のない対応、態度に冷めました。

今回のスキャンダルでは過去にも例を見ないようなことが重なりすぎました。ファンに売った個展のグッズの多くが彼女(今回のスキャンダルの相手)の存在を明らかにしました。作品集の協力者の欄にはアナグラムで名前まで入っていました。前回の個展でも披露した絵には元彼女の名前がデザインされており更にそれは、スキャンダル翌日からの宮城ライブの5人揃いの衣装のデザインにも採用されていました。彼女や懇意にしている釣り船の船長のSNSからたくさんのプライベート写真が流出しました。

自担だった大野さんは昨年35歳になっていました。ジャニーズ事務所に入社してからも21年が経過していました。

今回のスキャンダルを踏まえてアイドルとして、大人としての自覚ある?と思いました。大野さんは一昨年デビュー15周年のハワイでのコンサートで泣きました。デビューした直後のモヤモヤはもうない、これからも付いてきて欲しい、と。その翌年にこのファンの事を1ミリも考えないスキャンダルです、どういう事でしょう?

先述しましたが、アイドルだから恋愛してはいけないとは思っていません。むしろ自分が好きな人だからこそ自分達のせいで恋愛も結婚もできないと思わせるのは申し訳ないと思っています。しかしこればかりは許し難いと思いました。


これらが大野さんから降りようと考え始めたきっかけでした。


嶺亜くん、
一昨年の嵐15周年の特番が全て放送され終わった後、現場LOVEから上がりっぱなしだった私の中の嵐熱が一気に落ち着きました。落ち着いたタイミングで少し他のジャニーズを勉強してみようと思い、YoutubeでジャニーズJr.の真実を見たのがJr.ファンへの入り口でした。

そこから受験生なのに色々とJr.の勉強をしました。ガムシャラを初めて見たのは京都の回だし、少クラをまともに見たのは2015年1月のセレクションスペシャルからです。

ほとんど知らない顔のジャニーズJr.の大群の中に見知った顔が居ました。それが嶺亜くんでした。嵐がドル誌を卒業するまでの数年間は私もちゃんとドル誌をチェックしていました。その頃取り上げられていたのがb.i.shadowやスノープリンス合唱団でした。雑誌で見ていた頃には本当に小さい子達と思っていたのに知らぬ間に少年は大きく美しく成長していました。ちょうど大野さんの仕事がないのをいい事にここ2年くらいは嶺亜くんを中心にジャニーズJr.を追いかけてきました。


戸塚さん、
私が初めてA.B.C-Zを見て認識したのは、Mステで"NeverMyLove"を披露した回だったと思います。A.B.C-Zのことは自分と同名字のメンバーが居るという事ぐらいしか知らなかったですが曲がすごく好きで何度も繰り返し録画を見ていた覚えがあります。

そこから初めて少クラを見る2015年1月まではA.B.C-Zのことはすっかり忘れていました。少クラを見始めてからも嶺亜くんがバックで踊ってる曲のメインで踊っている人という印象しかなかったと思います。"メクルメク"等嶺亜くんが出てなくても気にいる曲が複数あってそれもまた録画を繰り返し見ていました。少クラを見始めてからもメンバーの顔と名前は一致するようになっていましたが、A.B.C-Zの中では戸塚さんが一番可愛いなというくらいで特に気持ちは動いていませんでした。

私とA.B.C-Z、戸塚さんの関係が変わったのは今年の夏です。Jr.は恒例の夏の現場サマステが発表されましたがそこに嶺亜くんの名前はありませんでした。ほぉ〜事務所、嶺亜くんの夏の現場はどこだよ!とバックに着く可能性があるデビュー組の公演に嶺亜くんがバックでつく可能性を信じて応募ていました。それがメール会員でも申し込めた橋パラとSLT代々木でした。申し込んでみたもののA.B.C-Zのことは少クラで披露された曲ぐらいしか知りませんでした。なので予習を、とアルバムを買いました、fromABCtoZとA.B.SeaMarket。

早速聴きました。fromABCtoZのDisc1、少クラで知ってる曲で尚且つ好きな曲ばかりでした。(死)(死) A.B.C-Z天才じゃない?神曲しか持ってないんじゃない?!は!?というのがfromABCtoZのDisc1を聴いた私の印象でした。(印象になってない)そして、え?新しいアルバム?ツアー入るしこんなに神曲しか持ってないグループのアルバムでしょ?!買うしかないでしょ?!となりました。これが7月初めのことでした。


7月6日、にのたんがスキャンダルを起こしました。事実はどうだっていいんです。嵐の中で特に大宮推しだった私は半年近く前の自担のスキャンダルの傷を癒しながら生きていました、そこに自担の相方( )のスキャンダル。しかも自担の時と同じように相手方のSNSから色々と流出する様。いやもう何を信じたら?という感じでした。私の嵐ファンとしての心が枯れた出来事だったんじゃないかと思います。



7月14日、A.B.C-Zの新しいアルバムのリードトラックに当たるであろう"今日もグッジョブ"のMVがWSで公開されました。既にA.B.C-Z…となっていた私は勿論録画して居ました。当日は他に優先順位があったようで見ることが出来ていませんでした。

7月15日午前中に「戸塚さんお顔可愛いしギター弾けるし読書家だしで好きになったら抜け出せなくなりそうな人だな〜」と自分でツイートしています。数時間後に自分がこの人に担降りを覚悟するのにそれも知らずに余裕なツイートですね、可哀想に。(笑)

7月15日の夜に漸く昨日録画した"今日もグッジョブ"が公開されたWSを見ました。「と…戸塚さん……可愛い……以前から結構可愛いとは思っていたがこれはもう可愛いが過ぎるんじゃないか……無理………(死)」津崎平匡じゃありません、私です。ほんとに今まで普通に可愛いと思っていたのがほんとにほんとに可愛くて意味がわからない状況になりました、"今日もグッジョブ"強い。A.B.C-Z神曲揃いだし、戸塚さんが可愛いが過ぎるしこれは…これが……“担降り”なのでは………うっ…………。長らく嵐の担当をしていた私はここで本当に死にました。後から知りましたが奇しくもこの日はA.B.C-Zのセンター橋本くんの23歳のお誕生日の日でした。橋ちゃんおめでとう。(違う)

この日からアルバム発売まで楽しみで楽しみでこれを買うことを活力に生きていました。嵐のファンをしていた時はアルバムは初回盤をとりあえず予約してそれだけゆるっと買いに行って、という購買状況でした。なのでSLTも、言っても降りる覚悟?決意?したばっかりだし買いに行っても初回盤買えれば良いかな〜と思っていました。7月20日HMVに足を運んだ私、3形態買っていました、怖い。嵐だってそれなりに好きでやってたのに堕ちて1週間足らずのA.B.C-Zのアルバム3形態揃えてる、怖い。怖いしかなかったです、嵐を好きだった以上にA.B.C-Zを好きになり、熱狂的にオタクを始めてしまう気しかしない自分の未来が想像出来て。

アルバムの話ですが、初回Aの特典は私が堕ちる引き金になった"今日もグッジョブ"のMV、勿論最高でした。初回Bの特典は橋五の休日、これも最高でアルバム買った2週間後にはロケ地巡りしてました、怖い。通常盤もボーナストラックが強い強い、最高かよの嵐でした。 アルバム全体通してA.B.C-Z天才じゃないか!?な優しくて爽やかで真っ直ぐな曲が多くてほんとにほんとにSLTは名盤だなと思いました。

そして、自担になられた戸塚さんのソロ曲"V"です。曲がただただ真っ直ぐで戸塚さんのことを知り始めたばっかりなのに、メンバーを大切に思っていることやまだまだ前進する意志があることが感じられる曲で、戸塚さんらしくて最高だなと思いました。特に「華やかなステージの上華やかじゃない位置についた」という歌詞に考えさせられました。戸塚さんはルックスもスキルもメンバーや事務所の他のタレントに劣りません。それがなかなかデビューに結びつかなかったものだったとしても他者より秀でてるとさえ思います。どんなにJr.歴が長くてもデビュー出来た時点で勝ち組とさえ思い得ます。この歌詞がデビューしたばかりの頃を指しているのか、今現在の状況を指しているのかは当人しか知る由もありません。しかしどちらにしたってステージに立ち続けてくれている自担の、その立ち位置を自担は"華やかじゃない位置"だと思っている、その事実は担降りしたばかりの私でさえ苦しいことでした。大野さんのことを書いた時にも書きましたが私は自担が頑張っている姿やそこから得たスキルを驕らず自分の思うように生きる姿に、応援したいなという気持ちを抱きがちです。謙虚なのは良いことです、そこからもっと自分の腕を磨こうと思ってもらえるなら。けれど"華やかじゃない位置"という謙虚さは戸塚さんの今までしてきた頑張りさえも否定するような悲しい謙虚さだと思うのです。謙虚なのは良いことだけれど、自担が自担自身のことを下げて言うのは悲しい、自担に自担自身のことを認めてもらいたい。それには自担が自信を持てるような、"華やかな位置"だと思える位置に連れて行ってあげたい、オタク本位だけれどそう強く思いました。今年のABC座でも感じましたが人が人を応援する力は大きい、戸塚さんの書いた1フレーズで私は応援したいという強力なエネルギーを得ることとなりました。

このエネルギーと、A.B.C-Zの見るたびにもっと見たいと思わせるパフォーマンススキル、"ジョーダンバット〜"等から見えた戸塚さんの人柄に触れてこの数ヶ月7月から比べものにならないくらい戸塚さんへ、A.B.C-Zへの好きが溢れています。

どこかの特典映像で郁ちゃんがアルバムは旅のチケットに、そしてツアーが旅にという表現をしていました。私はまさに"今日もグッジョブ"を機にSLTというえびちゃんと今後旅をして行くチケットになるアルバムを手に入れ、SLTツアー代々木大阪を出発点にえびちゃんとの旅を始めました。このツアーが終わったらえびちゃんや戸塚さんとの旅が終わるわけじゃない。年明けの5周年、夢見るドームツアー、とワクワクするような夢も他に負けないように頑張らなければいけない試練も沢山あります。そんな旅をこれから一緒にして行きたいと思える自担を自ユニを見つけられ、一緒に歩いて行くためのチケットを手に入れられた2016年7月は忘れられない季節になりました。そしてこれからを誘うチケットになったアルバムSLTは私にとって掛け替えのない作品になったなと思います。

*
昨年の今頃、大野さんから降りようと思ったのは自担の情けなさを感じたからでした。その時点で降りていたら私は大野さんに対してマイナスなイメージを持って嵐のファンを去ることになっていたのではないかなと思います。しかし7月、大野さんからの傷が癒え始めた頃に戸塚さんというもっと自発的に応援したいと思えるアイドルを見つけることが出来ました。2015年11月の時点で大野さんから降りられていれば新しく担当となった人との思い出がより増えていたのかなとも思います。でも、元担へは悪いイメージを持ったまま去ることになっていた、そう考えると2016年7月までの数ヶ月は私にとって必要な期間だったのではないかなと思えています。

先週嵐のライブツアー"Areyouhappy?"の東京公演に参加しました。素晴らしい演出の数々だな、とは思ったけれどそこまでで、一緒に行った嵐に対して興味がない妹の方がキャ〜キャ〜とジャニオタらしい歓声をあげていました。同じ公演に入っていたジャンプの子も言っていましたが他のグループの公演に入ると、「自担グループやっぱり最高だな、ライブ行きたいな〜」と実感させられます。私にとって半年前までは嵐が自担グループだったわけだけど、それは半年の間に変わって、もう自分が嵐一番の人間には戻れないんだな〜〜とライブを見ながら冷静に分析してしまいました。

この半年の間に嵐と私自身の関係は確かに変わりました。けれど嵐を大野さんを好きになっていなくて2010年前後のドル誌をチェックしてなかったらスノプリ及び嶺亜くんを知れてなかったし、嵐の15周年がなかったらJr.を勉強しようとも思わなかったかもしれない。そしてジャニーズJr.の中に嶺亜くんという前々から知っていて成長を感じられる子が居なかったら少クラを見続けることもしなかっただろうし、少クラを見続けてなかったらえびちゃんや戸塚さんを見つけられていなかったと思います。大野さんから降りようとは思っていたけれど、にのたんがあの時期にスキャンダルを起こさなければ戸塚さんに降りようという踏ん切りもつかなかっただろうと思うから、嵐も大宮コンビも大野さんもありがとうございます、と強く感じます。残念ながらライブを100%楽しめる心境ではなくなったけれど、えびちゃんや戸塚さんに出会うための今までだったと思って嵐や大野さんのことは今後も特別に思うんだろうなと思います。


いま私は、戸塚さんが大好きです。でも、分かりにくい大野さんを追いかけたこの10年がなかったら戸塚さんのことも中途半端にしか好きになれなかったと思っています。マイナスな気持ちから担降りを決意した昨年の秋でしたが、今は大きな気持ちで大野さんに感謝の気持ちを向けることが出来ます。私の学生時代の大半の好きを費やした大野さん、ほんとうにありがとうございました。大野さんが居なかったら戸塚さんが大好き!という今の毎日が幸せな状況を得られて居なかったと思います、ほんとうにほんとうにきっとずっと特別な人です。


これからも大野さんと嵐が前に前に向かって進んでいけますように、そして戸塚さんとA.B.C-Zが嵐のような素晴らしいアイドルグループになれますように!!




2016年11月26日、
改めて36歳のお誕生日おめでとうございます。大野さんのお母さん本当にいつも大野さんのことを生んでくれてありがとうございます。大野さんの幸せを願って超絶好調超!なビッグラブを贈ります!!ずっとLOVE!!!






















30歳

 

 

 

初めまして、

早速ですが自担である戸塚祥太さん

お誕生日おめでとうございます。

 

戸塚さんのお誕生日は11月13日

なのに何故ブログの更新が11月15日なのか、

ずばり・・・間に合わなかったから!

そして15日は私が戸塚さんに降りた(堕ちた)記念日だから!です!!

 

坦降りを決意した2016年7月15日から今日でちょうど4か月です。(まだ4か月!) この4か月のうちに、私は何度戸塚さんの20代最後に間に合って良かった!と叫んだことか。わたしのそれはただジャニオタとして今後この人を長く見ていくという意味で、30代の彼しか知らないより、20代の彼も見ていたよという意味でのものでした。誕生日当日、戸塚さんをお祝いする多くのファンの方のブログを読ませていただきました。そこで分かったこと、戸塚さんが何年も前から自分が30歳になることを見据えて活動をしていたこと。彼が30歳になるまでの時間をオタクだけでなく彼自身も大切にしていたということを改めて知ったら尚更、彼の20代ラストの現場の数々に間に合って良かったと実感しました。ほんとにほんとに今年の夏に戸塚さんに降りられたのは最高のタイミングだったんだな、ありがとうございます。

 

7月に降りてから初対面戸塚さんは橋パラ見学の彼でした。数週間後のツアーで初!と思っていたのに思わぬところでの遭遇で驚きました。それまで静かに見学していたのにRevolutionの時だけ身体を揺らしてリズムをとっていた姿、MCで現れて遠くのほうまで手を振っていた姿、いつものお顔で塚ちゃんのおふざけを見ている姿、橋ちゃんに「とっつーかわいいね」って言われてふっと笑って「かわいい?」って照れていた姿、捌けがけに機材に興味持ってわざわざ触りに行っていた姿、今思い出すとほんとうに戸塚さんの戸塚さんらしい姿がたくさん詰まった幸せな時間だったな・・と思います。

 

そこから8月11日代々木両部、10月1日2日大阪遠征、停電してしまった回を含め5回のABC座、10月30日Go!Go!5公録、11月6日ダイヤルA.B.C☆E公録、とたくさんの20代現場の戸塚さんをこの目に見せてくれました。

 

私は戸塚さんに降りるまで現場はひと現場につき一回入れれば十分だろうと思っていました。(チケットが当たらないことで有名な嵐のファンでしたし)遠征も交通手段やホテルを手配するのが面倒だし私には縁がないものだろうと思っていました。なのにこの4か月の私ときたら、多ステはするわ遠征はするわでした。しかも、面倒くさいの’め’の字も思い浮かびませんでした。見れば見るほどもっと見たい!とどん欲に思わせる戸塚さんの、A.B.C-Zのパフォーマンスはほんとうに凄いものなんだなと実感させられています。

 

本人の中身のことを言うと、戸塚さんが色々考えすぎなくらい考えて行動している人だというのは“ジョーダンバットが鳴っている”を読ませていただいてひしひしと感じました。こんなに色々なことを考えて自分のインプットもアウトプットも教えてくれる面白い人を知れてジャニオタ得してるなあとも思いました。強くて器用で孤高を行く人に見えるけれど、実は打たれ弱い面があって不器用で誰かと一緒にいることに価値を見いだせる戸塚さんは生きづらいくらい人間臭い人間なんだなと感じています。こんな戸塚さんを、自分のことを“華やかなステージの上華やかじゃない位置についた”と歌う戸塚さんを、好きにならないわけがないし、幸せになってほしいと願わないわけにもいきません、ね!

 

私は今、戸塚さんが自担だということがほんとうに幸せなんです、幸せ!他のファンの方のように戸塚さんの好きなところが具体的に言えないし、現場命なこの界隈では自分はまだまだ未熟だなあとも思います。彼がジャニーズ事務所でアイドルを続けてこれた今までを昔から応援して支えてくれたファンの方々にはほんとうに頭が上がりません。新規も新規な私だけれどこれからもっともっと彼を彼らを知って同じ夢を応援していきたいと思っています。

 

戸塚さん本人のことも、他メンバーひとりひとりも、A.B.C-Zという箱も、慕ってくれているたくさんのJr.も、新規にも優しくしてくださるファンの方々もほんとうにほんとうに大好きです!(エアハグ) 感謝するぜ!お前らと出会えたこれまでの全てに!!

 

 

改めて戸塚さん30歳のお誕生日おめでとうございます。自分を追い詰めすぎず、自分の納得できる仕事をして、精一杯幸せになってください。オタクは応援することしかできないけれど応援しているし、見守っています。ずっとLOVE!!!

 

 

 

 

 

最後に、戸塚担としての4か月の中で最高に最悪で最高なのはABC座冒頭での

 

「河合ってやつにろくな人間いないもんな!」という戸塚さん扮する多部丈くんの台詞です。

 

(郁ちゃんと名字同士人間)